リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士・トレーナーによる「最新の研究をトレーニングにつなげるための記録」

加齢により歩行の適応能力は変化する?②

スポンサーリンク

 

 私たちは年老いると、昨日、食べたものを思い出すことが難しくなるが、自転車を運転したり、車を運転する方法は忘れない。高齢者心理学の進展により、エピソード記憶は加齢の影響を受けるが、習得された運動技能などの手続き記憶は加齢の影響が少ないことが明らかになっている。

 また、ピアノを弾くような運動スキルの学習能力は加齢の影響を受けず、新たな環境に運動を適応させる運動適応能力は加齢により低下することも示されている。

加齢により歩行の適応能力は変化する?①

 

 ヒトは加齢に伴い、環境の変化に身体運動を適応することが難しくなるのである。

 

 しかし、これらの研究は上肢の運動に主眼を置いたものであり、歩行の適応能力に対する加齢の影響は明らかになっていない。今回は、歩行適応研究の第一人者であるBastianらのグループの最新の報告を紹介しながら、加齢と歩行適応について考察してみたい。

f:id:takumasa39:20151217123713j:plain

 

 2015年11月、米国ケネディクリーガー研究所のMaloneらは、加齢が歩行適応に与える影響についてNeurobiology of learning and memoryで報告している。

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

 歩行適応の研究は、左右のベルトが独立して異なる速さで回転するSplit belt treadmillを用いて行われる。通常歩行からベルト速度を変えた直後には、歩行の非対称性が示され不安定になるが、数分もすると違和感なくこの非対称性の歩行に適応する(添付動画を見たほうがわかりやすいかも)。

Motion analysis of asymmetric walking patterns - Dr. Amy Bastian

 

 Maloneらはこのトレッドミルを用い、若年者と高齢者の歩行の適応能力を調べた。

 

 被験者は、1分間、左右のベルトが同じ速さで回転している上を歩行し、そのあと5分間、左右が異なる速さで回転するベルトの上を歩行する。歩行後に5分間、休憩を入れ、これを3セット繰り返したのち、ベルトを同じ速さに戻して5分間、歩行する。

f:id:takumasa39:20151217124258p:plain

✻ fig.1:Malone LA, 2015より引用

 

 歩行の適応度は歩幅の対称性(step symmetry)が指標となる。歩幅が左右対称である点を0とすると、ベルト速度を変えた直後は、歩幅の対称性は大きく崩れる(非対称となる)。歩行が適応されていくと歩幅の対称性は改善し、0へと近づくのである。この対称性の改善が歩行の適応能力を示している。

 

 では、若年者の結果を見てみよう。1セットの最初は大きく非対称性を示しているが、5分間の歩行で対称性が0へ近づいていることがわかる。その後、休憩を入れて、2セット目では最初から対称性が維持されており、3セット目でも同様に対称性が維持されていた。

f:id:takumasa39:20151217125528p:plain

✻ fig.2:Malone LA, 2015より引用改変

 

 高齢者では、1セット目は若年者と同様に大きく非対称性を示すが、その後は対称性に適応している。しかし、2セット目では、歩行開始後に非対称性が生じ、間もなく対称性が改善している。この傾向は3セット目でも認められた。

f:id:takumasa39:20151217125615p:plain

✻ fig.3:Malone LA, 2015より引用改変

 

 若年者、高齢者ともに新たな歩行環境に対する適応能力に有意な差は認めなかったが、高齢者では休憩により適応した歩行を「忘れやすい」ことが示された。

f:id:takumasa39:20151217130345p:plain

✻ fig.4:Malone LA, 2015より引用改変

 

 これらの結果から、歩行の適応能力は加齢の影響を受けない(若者と同じように適応できる)が、適応した歩行能力を維持することが困難になることが示唆される。高齢者は歩行練習によって上手に歩行できるようになっても、休憩によって適応した歩行を忘れてしまう傾向があるのだ。

 

 Maloneらはこの歩行適応の忘却ついて「高齢者は意識的に歩行を適応させているために忘れやすいのだろう」と述べている。

 

 歩行適応は非宣言的記憶である手続き記憶にもとづくため、その適応は無意識(潜在的)に行われる。そのため、歩行適応は大脳皮質ではなく、小脳がその役割を担っている。

歩行適応の神経メカニズム

 しかし、加齢にともない小脳機能が低下すると、運動適応時に大脳皮質の代償的活動が用いられることが報告されている(Zwergal A, 2010)。そして、大脳皮質による顕在的な学習は忘れやすい(Trewartha KM, 2014)。そのため、高齢者では新たな環境に歩行を意識的に適応することはできるが、適応した歩行を忘れやすいのである。

 

 今回の報告は、数分間の歩行適応を測定する実験モデルであるため、長期間の歩行適応が加齢の影響をどのように受けるのかはわからない。しかし、高齢者は歩行適応能力はあるが、その適応した歩容を忘れやすいという知見は臨床に有用だろう。

 

 例えば、歩行練習によって歩行が安定しても、休憩後の歩き始めは適応がリセットされるため、歩行が不安定になるかもしれない。また、新たな生活環境に適応しても、その場を離れ、戻ったときには歩行が不安定になるかもしれない。このような観点は転倒予防においても有効である。

 

 Maloneらは、さらに長期的な歩行適応に対する加齢の影響についても研究していくとのこと。このような知見の積み重ねが歩行のリハビリテーションEBMに寄与していく。今後もBastianらのグループの研究報告をキャッチアップし、本ブログでも紹介していきたい。


 ヒトは加齢に伴い、環境の変化に身体運動を適応することが困難になる。「唯一生き残るのは、変化できる者である」とチャールズ・ダーウィンが言うように、加齢とともに環境に適応する能力が低下することは自然の摂理なのかもしれない。

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

Reference

Malone LA, et al. Age-related forgetting in locomotor adaptation. Neurobiol Learn Mem. 2015 Nov 14.

Zwergal A, et al. Aging of human supraspinal locomotor and postural control in fMRI. Neurobiol Aging. 2012 Jun;33(6):1073-84.

Trewartha KM, et al. Fast but fleeting: adaptive motor learning processes associated with aging and cognitive decline. J Neurosci. 2014 Oct 1;34(40):13411-21.

 

「説明がわからない」「これが知りたい」などのご意見はTwitterまでご気軽にご連絡ください。