リハビリmemo

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生体力学が教える速く歩くためのポイント②


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 スタンフォード大学のNeptuneとLiuらによる生体力学研究によって、速く歩くためには推進力を高めることが必要であり、推進力の増加には足関節底屈筋の筋活動が大きく関与していることが示されました。

 速く歩くためのポイントは、地面を蹴る力を高めることなのです。

生体力学が教える速く歩くためのポイント

 

 そして、もうひとつ速く歩くための大事なポイントがあります。今回はふたつ目のポイントについてご紹介しましょう。

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 Perryらの研究結果により、脳卒中患者のQOLには歩行速度が大きく反映されることが示されました。

脳卒中後の歩行速度とQOL

 

 このような背景のもと、現在では、脳卒中後の歩行速度を改善させることがリハビリテーションの主要な目的になっており、NeptuneとLiuらの研究成果をもとに、脳卒中患者の歩行の生体力学研究が発展してきました。

 

 Neptuneの教え子であるBowdenらは、脳卒中患者の歩行速度は麻痺側下肢の推進力が影響していることを明らかにしました。脳卒中後の歩行速度の向上には麻痺側下肢の推進力を高める必要性が示されました(Bowden MG, 2006)。

 

 Neptuneのもうひとりの教え子であるTurnsらは、麻痺側下肢の推進力には腓腹筋とヒラメ筋の筋活動が大きく寄与しており、ターミナルスタンスでの腓腹筋、プレスイングでのヒラメ筋の筋活動の増加が推進力と正の相関関係にあることを示しました(Turns LJ, 2007)。

 

 脳卒中患者の歩行の推進力も健常者と同様に足関節底屈筋の筋活動が重要であることがNeptuneの系譜を受け継いだ弟子たちによって明らかになったのです。

 しかしながら、同時期に歩行速度が速くても、麻痺側の足関節底屈筋の筋活動が小さいケースが報告されました。

 

 脳卒中後では多くの場合で歩幅の非対称性が認められます。そして、歩幅の非対称性が改善し、歩行速度が向上すると麻痺側の足関節底屈モーメントが低下する傾向が示されたのです。この結果から、歩行速度や麻痺側の推進力の向上には、足関節底屈筋の筋活動だけではなく、麻痺側下肢の歩幅が寄与することが示唆されました(Balasubramanian CK, 2007)。

 

 これらの報告を機に、脳卒中後の歩行の推進力には足関節の底屈筋が主要因であるという研究結果が見直されることになったのです。



脳卒中後の歩行研究から見出された速く歩くためのもうひとつのポイント

 

 2010年、テキサス大学のPetersonらは、脳卒中患者の歩行の推進力には足関節底屈筋だけでなく、立脚後期の下肢の位置が関与していることを初めて明らかにしました。

 

 Petersonらは、脳卒中患者と健常者を対象として、歩行時の関節運動と床反力を測定しました。その結果、足関節の底屈筋に加えて、立脚後期の下肢の位置が麻痺側、非麻痺側、健常者の歩行の推進力と正の相関関係にあることを示しました。さらに、推進力に対する足関節底屈筋の寄与は、立脚後期の下肢の位置に依存することを示唆しました(Peterson CL, 2010)。

 

 同様に、デラウェア大学のTyrellらも脳卒中後の歩行速度の向上には、第五中足骨頭と大転子へのベクトルと垂直軸のなす角度であるTLA(trailing limb angle:後ろ足の角度)の増加が歩行速度の向上と関連していると報告しています(Tyrell CM, 2011)。

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Fig.1:Tyrell CM, 2011より引用改変

 

 これらの報告によって、脳卒中患者の麻痺側の推進力には足関節の底屈筋のみでなくTLAという立脚後期の下肢の角度が寄与することが明らかになったのです。



◆ 生体力学によるさらなる発展

 

 デラウェア大学のHsiaoらは、Peterson、Tyrellらの研究結果を生体力学の数学的モデルを用いてさらに洗練させていきます。

 

 2015年、Hsiaoらは、健常者を対象として、得られた歩行解析、床反力のデータから歩行の推進力への足関節底屈筋、TLAそれぞれの寄与率を検討しました。

 

 その結果、快適歩行速度では、足関節底屈筋、TLAともに同程度の寄与率を示しました。

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Fig.2:Hsiao H, 2015より引用改変

 

 興味深いのは、歩行速度を増加させていくと、推進力への寄与率は足関節底屈筋に対してTLAが2倍の値を示したのです。推進力の増加にはTLAの寄与が大きいことが示唆されました。

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Fig.3:Hsiao H, 2015より引用改変

 

 これらの結果から、Hisiaoらは数学的モデルを用い、推進力の方程式を示しました。

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Fig.4:Hsiao H, 2015より引用

 

 この方程式からは多くの示唆が得られます。例えば、TLAが7度、足関節底屈筋が80Nmだと仮定すると68Nの推進力が得られます。推進力を100Nにしたい場合は、足関節底屈筋のみであれば、筋活動を80Nmから116Nmへ36%も増加させなければなりません。ところが、TLAを7度から10度に増やすと、足関節底屈筋は筋活動を2Nm(2.5%)増やすだけで100Nの推進力を得ることができるのです。

 

 つまり、歩行速度を向上さたい場合、TLAを増加させることが効率的なアプローチになるのです。

 

 Hsiaoらは、TLAの推進力への寄与は、TLAの増大に伴うプレスイング時の膝関節の伸展の関与が大きいと言います。TLAの増加によって、プレスイング時に膝関節の伸展が生じ、足関節の底屈筋により得られる推進力ベクトルが効率的に身体の質量中心(COM)へ伝達されるということです。

 

 以上から、脳卒中患者のみならず、健常者においても速く歩くためには足関節底屈筋の筋活動とともにTLAの増加が重要であることが示されているのです。

 

 

理学療法士は妻に言いました。

「速く歩くためには地面を蹴る力が必要です」

「そしてそれ以上に大事なポイントがあります」

そう言うと、ペンで図を書き始めました。

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「ポイントは後ろ足の股関節と膝関節がしっかり伸びることなのです」

「では、そのトレーニング方法をお教えしましょう…」

 

 

歩行のしくみとリハビリテーション

歩行のしくみ①:CPGについて考えよう

歩行のしくみ②:歩行適応について考える 

歩行のしくみ③:歩行適応の神経メカニズム

歩行のしくみ④:歩行を早く適応させる2つの方法

歩行のしくみ⑤:歩行を早く適応させる2つの方法・その2

歩行のしくみ⑥:歩行の起源

歩行のしくみ⑦:歩き方をデザインする基準

歩行のしくみ⑧:歩行適応における踵接地の役割 

歩行のしくみ⑨:加齢により歩行の適応能力は変化する?①

歩行のしくみ⑩:加齢により歩行の適応能力は変化する?②

歩行のしくみ⑪:歩行速度で余命を予測しよう

歩行のしくみ⑫:歩行速度で転倒リスクを予測しよう

歩行のしくみ⑬:脳卒中後の歩行速度とQOL

歩行のしくみ⑭:生体力学が教える速く歩くためのポイント 

歩行のしくみ⑮:生体力学が教える速く歩くためのポイント②

歩行のしくみ⑯:脳卒中の発症部位と歩行速度

歩行のしくみ⑰:ヒトの皮質網様体路と歩行制御

 

 

Reference

Bowden MG, et al. Anterior-posterior ground reaction forces as a measure of paretic leg contribution in hemiparetic walking. Stroke. 2006 Mar;37(3):872-6.

Turns LJ, et al. Relationships between muscle activity and anteroposterior ground reaction forces in hemiparetic walking. Arch Phys Med Rehabil. 2007 Sep;88(9):1127-35.

Balasubramanian CK, et al. Relationship between step length asymmetry and walking performance in subjects with chronic hemiparesis. Arch Phys Med Rehabil. 2007 Jan;88(1):43-9.

Peterson CL, et al. Leg extension is an important predictor of paretic leg propulsion in hemiparetic walking. Gait Posture. 2010 Oct;32(4):451-6.

Tyrell CM, et al. Influence of systematic increases in treadmill walking speed on gait kinematics after stroke. Phys Ther. 2011 Mar;91(3):392-403.

Hsiao H, et al. The relative contribution of ankle moment and trailing limb angle to propulsive force during gait. Hum Mov Sci. 2015 Feb;39:212-21.