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リハビリmemo

大学病院勤務、大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による、研究と臨床をつなげるための記録

健康心理学が教える悩みや困難を乗り越える方法

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 今回は、ヴァージニア大学社会心理学者のジョナサン・ハイト著「しあわせ仮説」から健康心理学で注目されている悩みや困難を乗り越える方法についてご紹介したいと思います。

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 世の中は、蝶が羽ばたけば嵐が起こるといわれる複雑系の世界です。そのため、少しのきっかけで幸福から不幸に転げ落ちることは誰にでも起こりえます。

 

 人生が運に大きく左右されるのであれば、誰しも幸福のまま人生を終えることはありません。逆を言えば、誰しも辛く不幸な経験を乗り越えて今を生きているのです。

 

 人生の幸福度をグラフに書くと、このようになるのではないでしょうか。

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 グラフの底辺は悩みや苦しみといった困難に直面した期間です。この困難を乗り越えると多くの場合で今まで以上の幸福感を得られることが心理学の研究で明らかになっています。

 

 それでは、どのように困難と立ち向かい、乗り越えていけばいいのでしょうか?

 

 その答えを現代の健康心理学はこう述べています。

 

 「ペンとノートを用意しよう」



◆ 脳は意味づけするクセがある

 

 絵画をみると、その絵が好きか嫌いかを瞬時で判断することができます。しかし、どうしてこの絵が好きなのか?と問われると、多くの人は本当の美しさがわからないまま「花の色と背景とのコントラストが素晴らしいですね」というもっともらしい答えを作り出します。

 

 大好きな恋人に「私のどこが好きなの?」と聞かれてると、困惑しながらも「目が綺麗で、やさしいところだよ」と好きな理由をあとから意味づけします。

 

 このように脳は情動をあとから意味づけをするクセがあるのです。古来の哺乳類の脳には本能を司る大脳辺縁系のみが備わっていました。大脳辺縁系は何が良く何が悪いか、何が美しく何が酷いかを直感で判断します。このような直感は、古代では敵から身を守ったり、毒草などを回避するのに役立ちました。

 しかし現代の人間社会では、直感だけで行動するとすぐに「空気読めない」というレッテルを貼られてしまします。そこで大脳辺縁系の周りに新しい脳である大脳皮質が作られ、ヒトは言葉を使い、直感を後から意味づけするように進化したのです。

 

 「私のどこが好き?」と聞かれて、本能的に好きだと感じていても「なんとなく好き…」では恋人に想いは届かないのです。



◆ 脳の意味づけを最大限に発揮する筆記開示

 

 心理学者のPennebakerは、脳の意味づけする仕組みを心理学に応用し、その研究結果を「オープニングアップ」という著書にまとめています。

 

 Pennebakerは被験者に自分の悩みについて紙に書くことを依頼しました。対照群の被検者にはその他の話題(平日の過ごし方や自分の家のことなど)を書くように依頼しました。これを1日15分、連続4日間行い、その後の精神状態、健康状態を調査しました。

 

 実験の数ヵ月後に行ったアンケート調査では、悩みを紙に書いた被験者の8割が悩みの否定的な感情を取り除けたとともに、自分自身を理解することができたと返答しました。また、このように自己の洞察の深まりを示した被験者では、免疫反応が高まり、医療機関の受診回数が減少するという健康面での効果も認められました。

 

 このような結果を受けて、Pennebakerはこれを「筆記開示(Expressive writing)」と名付けたのです。

 

 その後の研究では、喘息やリウマチ患者の症状の緩和(Smyth JM, 1999)、うつ症状などの精神的健康への効果(Lepore SJ, 1997)、ワーキングメモリの増大(Yogo M, 2008)、学校の成績の向上(Pennebaker J, 1996)、リストラ後の再就職率の向上(Spera S, 1994)など、筆記開示による心身および社会的な効果が数多く報告されています。

 

 では、なぜ筆記開示はこれほどまでの効果を示すのでしょうか?

 

 Pennebakerは、筆記開示は今まで抑制していた悩みを解放させることによって生じる生理的な覚醒が心身の健康に寄与するという抑制理論を唱えています。しかし、近年では、この仮説は否定され、「認知的再体制化」という仮説が有力視されています。認知的再体制化とは、悩みが筆記により意味づけされ、肯定化されることで自分の人生の物語のひとつとして受け入れられるようになるという認知変容のことを言います。

 

 悩みは目に見えませんが、悩みを筆記により意味づけすることで悩みの輪郭が明確になります。人は目に見えないものを極端に怖がりますが、目に見えると対峙できるようになります。筆記にはこのような認知の移り変わり(認知変容)を起こす効果があると推測されているのです。

 

 最後に、筆記開示の方法をご紹介しましょう。

 

・ペンと紙を用意するか、パソコンのWordやスマホのメモアプリを開きましょう。

・悩みを1つだけ感じるままに書いてみましょう。不安に思うこと、怒っていること、悲しいことを思うままに書くのです。下手な文章でもかまいません。誤字脱字もOKです。

・この文章は誰にもみせてはいけません。なので好きなように書いていいのです。

 

 以上、これだけです。Pennebakerはこのような筆記開示を15分程度で4日間続けるように言っていますが、私がやってみた結果では15分を1回だけでも十分に効果があるように思いました。

 

 書き終えたら2、3日後にノートを見返してみましょう。不思議と冷静に悩みと対峙できている自分がそこにいるでしょう。そのときには既に悩みや困難を乗り越えているのかもしれません。

 

 

 幸せに関する面白い知見が多く紹介されています。幸福を科学的に捉えたい人にオススメです。

しあわせ仮説

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 筆記開示をもっと詳しく知りたい人は是非この本を。

オープニングアップ―秘密の告白と心身の健康

オープニングアップ―秘密の告白と心身の健康

 

 

科学の本とリハビリテーション

シリーズ①:社会心理学が教える幸せの方程式

シリーズ②:健康心理学が教える悩みや困難を乗り越える方法

 

Reference

Smyth JM, et al. Effects of writing about stressful experiences on symptom reduction in patients with asthma or rheumatoid arthritis: a randomized trial. JAMA. 1999 Apr 14;281(14):1304-9.

Lepore SJ, et al. Expressive writing moderates the relation between intrusive thoughts and depressive symptoms.J Pers Soc Psychol. 1997 Nov;73(5):1030-7.

Yogo M, et al. Working memory capacity can be improved by expressive writing: a randomized experiment in a Japanese sample. Br J Health Psychol. 2008 Feb;13(Pt 1):77-80.

Pennebaker JW, et al. Cognitive, emotional, and language processes in disclosure. Cognition and Emotion, 1996, 10, 601‒626.

Spera S, et al. Expressive writing and coping with job loss.  Academy of Management Journal, 1994, 3, 722‒733.

 

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