リハビリmemo

理学療法士・トレーナーによる筋トレやダイエットについての最新の研究報告を紹介するブログ

ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②


スポンサーリンク

 

 ヒトの立位姿勢は、脊髄、脳幹、小脳、基底核そして大脳皮質を含む階層的な神経システムによって制御されています。近年では、ニューロイメージング研究の発展にともない、大脳皮質でも特に補足運動野が立位バランスに関与していることが明らかになりつつあります。

ヒトの大脳皮質と姿勢制御①

 

 現在では、姿勢制御は錐体路系よりも皮質網様体脊髄路を代表とする錐体外路系の関与が注目されており、旭川医科大学の高草木氏らは脳卒中後の立位姿勢・歩行制御に皮質網様体脊髄路が寄与しているという仮説を提唱しています(高草木, 2014)。

 

 脳卒中後の痙性麻痺患者に見られるWernicke-Mann肢位の発生機序は明らかになっていません。高草木氏はこのWernicke-Mann肢位は錐体路ではなく補足運動野、運動前野などの運動関連領野から投射される皮質網様体脊髄路によって発現するといいます。

 

 姿勢や動作、歩行などの随意運動を開始するときにこの肢位が誘発されることから、随意運動に先行して運動関連領野から皮質網様体脊髄路を通じて姿勢制御が行われ、動作の安定化がもたらされ、その結果がWernicke-Mann肢位として現れていると述べています。

 

 では、脳卒中患者のバランス能力の改善に大脳皮質の補足運動野(SMA)は関与しているのでしょうか?

 

 今回も近年に報告された近赤外線分光法(NIRS)によるニューロイメージング研究をご紹介しながら考察してみましょう。

f:id:takumasa39:20160512132829p:plain

 

 

 大阪大学大学院のMIharaらのグループは、NIRSを用いて健常者の立位姿勢制御に前頭前野、SMA、後部頭頂葉によるネットワークが関与していることを明らかにし、立位姿勢制御時の足関節戦略にSMAの活性化が寄与していると推測しています(Mihara M, 2008)。

 

 そして近年、同じ手法を用いて、脳卒中患者を対象とした立位姿勢制御のイメージング研究を報告しました。

 

 脳卒中患者20名を対象に立位姿勢時の大脳皮質の血流量の変化をNIRSを用いて測定し、バランス能力を指標としてBerg balance scale(BBS)を評価しました。

 

 その結果、立位姿勢制御では両側の前頭前野、運動前野、SMA、後部頭頂葉の血流量増加が認められました。また、BBSの点数との相関関係を調べると前頭前野、SMAとの間に正の相関が示されたのです。

f:id:takumasa39:20160512133213p:plain

Fig.1:Mihara M, 2012より引用改変

 

 この結果からMiharaらは、脳卒中患者の立位姿勢制御においても健常者と同じように前頭前野、運動前野、SMA、後部頭頂葉といった広いネットワークの活性化が必要であり、バランス能力の改善には特に前頭前野とSMAが関与している可能性があると示唆しています(Mihara M, 2012)。 

 

 前頭前野、SMAの活性化が脳卒中患者のBBSのスコアの改善に関与しているというMiharaらの横断的研究に対して、同じグループに所属するFujimotoらは脳卒中患者に1週間のリハビリを行い、その前後における大脳皮質の血流量とBBSによるバランス能力の変化を計測する縦断的研究を報告しています。

 

 その結果、立位姿勢制御時のSMAの血流量はリハビリの前後において両側性に血流量が増加していることがわかりました。

f:id:takumasa39:20160512133421p:plain

Fig.2:Fujimoto H, 2014より引用改変

 

 さらにリハビリ前後のBBSの改善度とSMAの血流量の間には高い正の相関関係(r=0.72)が認められたのです。

f:id:takumasa39:20160512133453p:plain

Fig.3:Fujimoto H, 2014より引用改変

 

 これらの所見から、FujimotoらはSMAが姿勢バランス制御において重要な役割を示すとともに、SMAが脳卒中後のバランス改善に重要な領域であることを示唆しています(Fujimoto H, 2014)。

 

 

 ヒトの姿勢制御にSMAが関与する知見は、高草木氏が提唱する姿勢制御の作業仮説を支持するものであり、ヒトにおいてもSMAからの皮質網様体脊髄路が姿勢制御の役割を担うメカニズムが明らかになってきているのです。さらに脳卒中後のバランス能力の改善にSMAの活性化がターゲットになることは臨床での介入に大きな示唆を与えてくれるでしょう。

 

 しかし、SMAと随意運動に先行して姿勢を制御するという予測的姿勢制御との関係性は時間分解能の低いNIRSでは計測することができません。予測的姿勢制御(anticipatory postural adjustments:APA)の計測は100ms(0.1秒)単位の時間分解能が必要であり、これは脳波により解析が可能です。

 

 次回は、APAの脳波研究をご紹介しながら、さらにSMAと姿勢制御について考察していきましょう。

 

 

参考文献

高草木 薫, ニューロリハビリテーションにおけるサイエンス. 脊髄脊椎ジャーナル. 2014.

 

Reference

Mihara M, et al. Role of the prefrontal cortex in human balance control. Neuroimage. 2008 Nov 1;43(2):329-36.

Mihara M, et al. Cortical control of postural balance in patients with hemiplegic stroke. Neuroreport. 2012 Mar 28;23(5):314-9.

Fujimoto H, et al. Cortical changes underlying balance recovery in patients with hemiplegic stroke. Neuroimage. 2014 Jan 15;85 Pt 1:547-54.

 

 

姿勢制御のしくみとリハビリテーション

シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう

シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

シリーズ③:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①

シリーズ④:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ② 

シリーズ⑤:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①

シリーズ⑥:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②

 

脳のしくみとリハビリテーション

シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう

シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう

シリーズ③:脳卒中後の回復メカニズムの新たな発見をキャッチアップしよう

シリーズ④:脳卒中の発症部位と歩行速度

シリーズ⑤:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①

シリーズ⑥:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ② 

シリーズ⑦:ヒトの皮質網様体路と歩行制御 

シリーズ⑧:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①

シリーズ⑨:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②

 

「説明がわからない」「これが知りたい」などのご意見はTwitterまでご気軽にご連絡ください。