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変形性膝関節症の予防① 股関節外転筋トレーニングの有効性について


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 前回、変形性膝関節症(膝OA)の予防において「歩行時の膝内転モーメントのピークとインパルスを如何に減少させるかが基本戦略になる」ということを考察した。

変形性膝関節症の予防する基本戦略

 

 近年、膝OAのリハビリテーションでは、歩行時の膝内転モーメントを減少させることを目的に足底板や靴の選択、歩行修正(Gait modification)などの介入法がトピックスとなっている。その中で、股関節外転筋トレーニングが膝内転モーメントの減少に有効であるとして、膝OAの予防への寄与が注目されている。

 

 2005年に初めて膝OAの増悪に股関節外転筋が関与していることが報告された。それから10年間、股関節外転筋トレーニングが膝OAの予防に寄与するか否かという「股関節外転筋論争」が現在まで続いている。

 

 今回は、膝OAへの股関節外転筋トレーニングの有効性について10年間の股関節外転筋論争の全容を示し、現行の問題点を明確にしてみたい。



 

 

◆ 股関節外転筋論争のはじまり

 

 2005年、Changらは、膝OA側の股関節外転筋力が18ヶ月後の膝OAの増悪に寄与することを報告した。18ヶ月後に膝OAが進行しているものは、進行していないものに比べて歩行中の内部股関節外転モーメント(≒股関節外転筋力)が低下していることを明らかにした(Chang A, 2005)。

 

 Changらは、膝OAが増悪する理由を「股関節外転筋力の低下が対側の骨盤を下制を招き、その結果、身体重心が膝関節中心から遠ざかり、膝内転モーメントが増加するため」と推測している。

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 このChangらの研究を皮切りに、「股関節外転筋論争」が始まる。

 

 その後、膝OAの重症度が高い場合、外部股関節内転モーメント(≒股関節外転筋力)のピークが低下していること(Mundermann A, 2006)、膝OAを有している場合、股関節外転筋力は等尺性収縮で〜24%の低下が認められること(Costa RA, 2010)、等張性収縮では6〜42%の低下が認められること(Hinman RS, 2010)が報告された。これらの報告により、膝OAの多くの場合で、同側の股関節外転筋力が低下しており、歩行時の筋出力においても低下してることが示唆された。

 

  これらの知見によって、膝OAの予防に股関節外転筋力トレーニングを推奨する声が聴かれるようになる。

 

 このような背景のもと、股関節外転筋トレーニングが膝OA患者の膝内転モーメントおよび機能障害に与える影響についての介入研究が2010年以降から始まった。

 

 

◆ 股関節外転筋と変形性膝関節症の研究報告を見てみよう

 

 Bennellらは、膝OA患者89名に対して12週間の股関節外転筋トレーニングを行うRCTを実施した。その結果、膝痛などの所見に改善は見られたが、歩行時の膝内転モーメントおよび骨盤の下制や体幹の傾きなどの歩容の変化に有意差は認められなかった(Bennell KL, 2010)。

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*Bennell KL, 2010より引用改変。赤線は膝内転モーメントのピークを示している。

 

 また、Sledらは、膝OA患者40名に対して8週間の股関節外転筋トレーニングをホームエクスサイズで行うクリニカル・トライアルを実施した。その結果、膝痛は改善したが、膝内転モーメントの変化は認められなかった(Sled EA, 2010)。

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*Sled EA, 2010より引用改変。膝OAの介入前・介入後における膝内転モーメントのピークおよびインパルスの変化を示している。

 

 さらに、Foroughiらは、膝OA患者54名に対して、6カ月間の股関節外転筋トレーニングを行うRCTを実施した。その結果、膝痛は改善され、膝内転モーメントのファーストピークは変化しなかったが、セカンドピークの減少が認められたことを報告している(Foroughi N,2011)。

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* Foroughi N,2011より引用改変。赤枠内は膝内転モーメントのピーク1、ピーク2における介入前後の変化を示している。

 

 これらのRCTおよびクリニカル・トライアルの結果を受けて、膝内転モーメントに対する股関節外転筋力トレーニングの効果は否定され、股関節外転筋力トレーニングの膝OAに対する有効性については懐疑的な論調が目立つようになる。しかしながら、股関節外転筋トレーニングは膝痛を軽減させる効果が同時に示されており、膝OAに対する股関節外転筋力トレーニングの実施の是非に関する論争は続いていく。

 

 2010年以降、膝OAの増悪には歩行時の膝内転モーメントのピークとインパルスが重要なアウトカムになるというコンセンサスが得られるようになる。そして、近年、股関節外転筋と膝内転モーメントのピークとインパルスに関する研究が報告されている。

 

 2014年、Rutherfordらは、股関節外転筋力の低下は、歩行時の膝内転モーメントのピークを9%増加させることを明らかにした(Rutherford DJ, 2014)。また、2015年、Keanらは、股関節外転筋力の低下により、歩行時の膝内転モーメントのインパルスが6%増加することを報告している(Kean CO, 2015)。

 

 現在においても股関節外転筋が膝内転モーメントに寄与するという議論がなされているが、膝内転モーメントへの影響はわずかであり、膝OAの予防に股関節外転筋トレーニングが有効であると断定できるまでには至っていない。また、股関節外転筋トレーニングが膝痛を軽減するメカニズムについては依然として明らかになっていないのである。

 

 10年間にわたる「股関節外転筋論争」を振り返ってみた。要旨をまとめておこう。

・膝OAでは同側の股関節外転筋力が低下している傾向がある。

・股関節外転筋力の低下は膝内転モーメントのピークとインパルスをわずかに増加させる因子である。

・股関節外転筋トレーニングは膝内転モーメントを減少させる効果はないが、膝痛を軽減させることがRCTで認められている。しかし、股関節外転筋トレーニングによって膝痛を軽減させるメカニズムは明らかになっていない。

 

 次回は、ここで明確になった「股関節外転筋と膝内転モーメントとの関係性」および「股関節外転筋トレーニングが膝痛を軽減させるメカニズム」について考察し、膝OAの予防に対する股関節外転筋トレーニングの有効性についての見解を述べていきたい。

 

 

◆ 読んでおきたい記事

保存療法①:変形性膝関節症を予防する基本戦略

保存療法②:変形性膝関節症の予防① 股関節外転筋トレーニングの有効性について 

保存療法③:変形性膝関節症の予防② 膝OAで股関節外転筋力が低下する理由 

保存療法④:変形性膝関節症の予防③ 股関節外転勤トレーニングをしよう 

保存療法⑤:変形性膝関節症の予防④ 膝の屈曲拘縮を予防しよう!

保存療法⑥:変形性膝関節症に良い靴選び

保存療法⑦:変形性膝関節症に良い靴選び②

保存療法⑧:変形性膝関節症に良い靴選び③

保存療法⑨:変形性膝関節症に良い靴選び④

 

◆ 参考論文

Chang A, Hayes K, Dunlop D, et al. Hip abduction moment and protection against medial tibiofemoral osteoarthritis progression. Arthritis Rheum. 2005;52(11):3515–3519.

Mundermann A, Dyrby CO, Andriacchi TP. Secondary gait changes in patients with medial compartment knee osteoarthritis — increased load at the ankle, knee, and hip during walking. Arthritis Rheum 2005;52:2835–44.

Costa RA, LMd Oliveira, Watanabe SH, Jones A, Natour J. Isokinetic assessment of the hip muscles in patients with osteoarthritis of the knee. Clinics 2010;65: 1253–9.

Hinman RS, Hunt MA, Creaby MW, Wrigley TV, McManus FJ, Bennell KL. Hip muscle weakness in individuals with medial knee osteoarthritis. Arthritis Care Res 2010;62: 1190–3.

Bennell KL, et al. Hip strengthening reduces symptoms but not knee load in people with medial knee osteoarthritis and varus malalignment: a randomised controlled trial. Osteoarthritis Cartilage. 2010 May;18(5):621-8.

Sled EA, et al. Effect of a home program of hip abductor exercises on knee joint loading, strength, function, and pain in people with knee osteoarthritis: a clinical trial. Phys Ther. 2010 Jun;90(6):895-904.

Foroughi N, et al. Lower limb muscle strengthening does not change frontal plane moments in women with knee osteoarthritis: A randomized controlled trial. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2011 Feb;26(2):167-74.

Rutherford DJ, et al. Hip abductor function in individuals with medial knee osteoarthritis: implications for medial compartment loading during gait. Clin. Biomech. 2014  29 (5), 545–550.

Kean CO, et al. Relationship between hip abductor strength and external hip and knee adduction moments in medial knee osteoarthritis. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2015 Mar;30(3):226-30.

 

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