人工股関節全置換術(THA)術後、数年経っても回復しにくい筋は、腸腰筋と内転筋である(Rasch A, 2009)。
腸腰筋は歩行時の下肢の振り出しに足関節底屈筋と共同して働いており、腸腰筋と足関節底屈筋はトレードオフの関係にある(Neptune, 2004)。
健常者に歩行時に足部での蹴り出しを意識させると腸腰筋の筋活動が低下すると報告されている(Lewis CL, 2008)。
つまり、腸腰筋の筋活動低下は足関節底屈筋で代償が可能であり、THA後、足関節底屈筋を優位に働かせた振り出しの歩行パターンが定着することにより、腸腰筋の回復が遅延すると推測されている。
紹介する報告は、歩行の振り出し時に足関節底屈筋の筋活動を変化させることが、股関節機能にどのような影響を与えるか検証したものである。
reference)
Gait & Posture, 2011
対象は、THA術後6ヶ月が経過した女性24名であり、2グループに分けられた。
・足関節底屈を抑制する(decreased pushoff:DP)グループ(n=12)
・足関節底屈を増強する(increased pushoff:IP)グループ(n=12)
両グループはそれぞれ下記の指示のもとに歩行練習を10〜15分施行した。
・DPグループ「歩くときに蹴り出さないように意識して下さい」
・IPグループ「歩くときに強く蹴り出すように意識して下さい」
アウトカムは、Vicon motion system、床反力計を用い、歩行速度、関節角度、関節モーメント、パワーを測定した。
測定時期は、歩行練習前、歩行練習中、歩行練習後とした。
その結果、
DPグループでは、歩行練習後、股関節屈曲パワーが増大し、特に、歩行練習前に足関節底屈筋による蹴り出しの強かった患者ほど、股関節屈曲パワーの増大が認められた。
IPグループでは、歩行練習後、股関節屈曲角度、屈曲パワー、歩行速度の減少が認められた。
どちらのグループにも膝関節への影響は認められなかった。
とのこと。
腸腰筋の筋活動改善に有用な報告である。また、誤って足部の蹴り出しを意識したトレーニングが腸腰筋の筋活動を抑制する知見も注意が必要だろう。
今回の報告はimmediate effets(即時的効果)であり、効果の持続性については示されていない。
意識的な練習は、歩行適応の観点において非効率的である。
腸腰筋と足関節底屈筋の関係性に視点をおき、患者さんが無意識的に足関節底屈筋をつかわないような運動課題を提示することがセラピストに求められるのではないだろうか。
股関節リハビリシリーズ
股関節リハビリ①:歩行時の振り出しで上手に腸腰筋をつかうためのヒント
股関節リハビリ②:力学的負荷から見た股関節運動の注意点
股関節リハビリ③:歩行時の股関節伸展角度が出にくい理由
股関節リハビリ④:股関節症術後に見られる階段昇降の足の使い方
股関節リハビリ⑤:手術か保存療法か
股関節リハビリ⑥:手術か保存療法か(その2)
股関節リハビリ⑦:人工股関節術後に残りやすい歩き方のポイント
股関節リハビリ⑧:人工股関節術後に残りやすい立ち上がり動作のポイント
股関節リハビリ⑨:自分で簡単に変形性股関節症の程度を確認できる方法
股関節リハビリ⑩:歩容から見る変形性股関節症の重症度
股関節リハビリ⑪:変形性股関節症の簡単な脊椎疾患との鑑別法
股関節リハビリ⑫:変形性股関節症の遺伝子研究の進展
股関節リハビリ⑬:最新手術「筋肉温存型人工股関節置換術」まとめ
股関節リハビリ⑭:歩きに適した外転筋トレーニングの方法
股関節リハビリ⑮:見落としがちな歩き方のポイント
股関節リハビリ⑯:見落としがちな歩き方のポイント(その2)
股関節リハビリ⑰:変形性股関節症の保存療法と関節軟骨
股関節リハビリ⑱:変形性股関節症とランニング(まとめ)
股関節リハビリ⑲:人工股関節置換術とスポーツ
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