変形性関節症の予防を生体力学の側面から研究しているボストン大学のFelsonは、変形性股関節症の悪化は、股関節に生じるメカニカルストレスのコントロールに失敗した結果であると言います(Felson DT, 2013)。
変形性股関節症を悪化させるリスク因子は、年齢や股関節の痛み、軟骨や骨の変性(骨硬化症、骨きょく、関節スペースの減少)であり、これらの因子は、股関節に生じるメカニカルストレスである接触応力(Contact force)に起因していることが明らかになっています。
変形性股関節症の保存療法では、この接触応力をコントロールする必要があります。そのためには、股関節の接触応力が何によって生成されるのかを明らかにしなければなりません。
今回は、生体力学の研究者であるメルボルン大学のCorreaらの報告をご紹介しながら、この問いについて考察してみましょう。
◆ 接触応力の95%は筋活動により生成される
Correaらは、股関節の接触応力に関わる力を明らかにするため、ヒトの歩行をモデル化したコンピュータシュミレーションによる検証を行いました。このシュミレーションは、2001年にAndersonらが考案した筋骨格モデルとdynamic optimization theoryを合わせた動力学解析法(Anderson FC, 2001)を応用しています。この解析法を用いて、歩行時の股関節の接触応力に対する下肢の筋力、重力、遠心力の影響度を調べた結果、とても興味深い知見が得られたのです(Correa TA, 2010)。
下の図の灰色の部分は、歩行周期における股関節の接触応力を示しています。接触応力に下肢の筋力と重力、遠心力の影響度を合わせてみると、なんと接触応力の95%が筋力によって生成されていることがわかりました。
Fig.1:Correa TA, 2010より引用改変。歩行周期における股関節に対する前方、上方、内側への接触応力を示しています。
また、接触応力に遠心力の影響はほどんどなく、重力の影響も5%以下となっています。重力は体重に置き換えられるので、体重は股関節の接触応力に関与しないことが推測されます。その理由をCorreaらは、下肢が一本の棒であれば股関節の接触応力に体重がそのまま加わりますが、下肢にある多くの関節によって体重による応力は吸収されるのだろうと述べています。
この結果は、体重は変形性股関節症を悪化させるリスク因子ではないというWrightらのレビュー(Wright AA, 2009)を肯定するものになりますね。
変形性股関節症を悪化させるリスク因子である接触応力の要因は「筋活動」であると現代の生体力学は示しているのです。
では、下肢の筋の中で、接触応力への寄与が高いのはどの筋なのでしょうか?
◆ 殿筋が接触応力を生成する
Correaらは、まず股関節周囲筋について調べました。その結果、股関節前方への接触応力は中殿筋と腸腰筋、上方へは中殿筋と大殿筋、内側へは中殿筋が関与していることがわかったのです。
Fig.2:Correa TA, 2010より引用改変
さらに、股関節周囲筋ではない大腿広筋、腓腹筋、ヒラメ筋について調べてみると、大きくはないのですが、股関節の上方の接触応力に関与していることが示されました。
Fig.3:Correa TA, 2010より引用改変
このように、股関節の接触応力には主に中殿筋と大殿筋が大きく関わっており、さらに大腿広筋や下腿三頭筋という股関節周囲筋以外の筋も接触応力に関与しているのです。Correaらは、この結果から、股関節の接触応力を生成する筋活動が変形性股関節症の軟骨変性や骨のリモデリングの進行に寄与している可能性を示唆しています。
股関節の接触応力の95%が筋活動によって生じることがわかりました。また、接触応力の大部分が中殿筋や大殿筋といった殿筋によってもたらされるているのです。しかし、Correaらの研究は健常者を対象にしたものであり、この結果をそのまま変形性股関節症の患者さんに反映することはできません。
なぜなら、変形性股関節症では、歩行時の筋活動が健常者と異なるからです。実は、近年、変形性股関節症の歩行時の特異的な筋活動が明らかにされているのです。
次回は、その報告をご紹介しながら、変形性股関節症の保存療法の基本戦略について考えていきましょう。
変形性股関節症の保存療法
シリーズ①:変形性股関節症の保存療法と基本戦略①
シリーズ②:変形性股関節症の保存療法と基本戦略②
シリーズ③:変形性股関節症の保存療法と基本戦略③
股関節リハビリ①:歩行時の振り出しで上手に腸腰筋をつかうためのヒント
股関節リハビリ②:力学的負荷から見た股関節運動の注意点
股関節リハビリ③:歩行時の股関節伸展角度が出にくい理由
股関節リハビリ④:股関節症術後に見られる階段昇降の足の使い方
股関節リハビリ⑤:手術か保存療法か
股関節リハビリ⑥:手術か保存療法か(その2)
股関節リハビリ⑦:人工股関節術後に残りやすい歩き方のポイント
股関節リハビリ⑧:人工股関節術後に残りやすい立ち上がり動作のポイント
股関節リハビリ⑨:自分で簡単に変形性股関節症の程度を確認できる方法
股関節リハビリ⑩:歩容から見る変形性股関節症の重症度
股関節リハビリ⑪:変形性股関節症の簡単な脊椎疾患との鑑別法
股関節リハビリ⑫:変形性股関節症の遺伝子研究の進展
股関節リハビリ⑬:最新手術「筋肉温存型人工股関節置換術」まとめ
股関節リハビリ⑭:歩きに適した外転筋トレーニングの方法
股関節リハビリ⑮:見落としがちな歩き方のポイント
股関節リハビリ⑯:見落としがちな歩き方のポイント(その2)
股関節リハビリ⑰:変形性股関節症の保存療法と関節軟骨
股関節リハビリ⑱:変形性股関節症とランニング(まとめ)
股関節リハビリ⑲:人工股関節置換術とスポーツ
Felson DT, Osteoarthritis as a disease of mechanics. Osteoarthritis Cartilage. 2013 Jan;21(1):10-5.
Correa TA, et al. Contributions of individual muscles to hip joint contact force in normal walking. J Biomech. 2010 May 28;43(8):1618-22.
Anderson FC, et al. Dynamic optimization of human walking. J Biomech Eng. 2001 Oct;123(5):381-90.
Wright AA, et al. Variables associated with the progression of hip osteoarthritis: a systematic review. Arthritis Rheum. 2009 Jul 15;61(7):925-36.
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