「手術をすべきか、しないべきか」
多くの患者さんが迷うところだと思います。
この判断をするためには、手術による利点とリスク、手術をしないことによる利点とリスクを正しく理解することが大切です。
変形性股関節症や変形性膝関節症の主な手術は、人工股関節置換術(THA)あるいは人工膝関節置換術(TKA)になります。これらの手術による利点には関節機能の改善、痛みの緩解、歩行や生活の質(QOL)の改善などのエビデンスが示されています(Price AJ, 2010)。
近年では手術の手技のレベルも上がり、手術による傷を最小の範囲で行うMIS(Minimally Invasive Surgery )も多くの病院で取り入れるようになってきています。
手術による利点が明確となり、手術のレベルも向上する中で、THAやTKAを受ける患者さんは年々、増えつづけています。また、手術を受ける年齢も低年齢化しているのです。
Fig.1:日本人工関節学会の人工関節登録調査集計より筆者作成
しかし良い面ばかりではありません。THAには脱臼などのリスクがあります。また人工関節は摩耗や緩みにより、ある程度の年数が経過すると再置換術を行う必要もあります。
『人工股関節置換術・人工膝関節置換術の再置換率を知っておこう』
患者さんは、手術の利点だけでなく、リスクを十分に理解した上で、手術をするか、しないかの判断をするべきです。そして医療者はその判断を助けるためにも十分な説明をしなければなりません。
次に、手術をしないことによる利点とリスクについて考えてみましょう。
手術をしないときの選択肢として保存療法があります。変形性関節症に対する保存療法の知見は少ないですが、筋肉へのアプローチによる痛みの緩解、動作指導による日常生活動作能力の改善などが報告されています。
『手術か保存療法か』
では、保存療法のリスクとは何なのでしょうか?
今回は、2017年3月にフロリダ国際大学のLaverniaらが報告した「Prolonged conservative management in total joint arthroplasty: Harming the patient?(保存療法による手術の延期は患者さんの損失になる?)」という知見をもとに、保存療法のリスクについて考えていきましょう。
Laverniaらは、変形性股関節症、変形性膝関節症の手術前の重症度が、術後10年以上という長期の回復状況にどのように影響するのか?という疑問を検証しました。
105名の症例(変形性股関節症54名、変形性膝関節症51名)を対象とし、重症度に応じて重症のグループ(31名)、軽症のグループ(74名)に分けられました。これらのすべての症例が保存療法を受けており、その後、人工股関節置換術、人工膝関節置換術を受けています。
それぞれのグループの症例は、術前と術後(平均11.2年後)に関節の機能や痛みを評価するWOMAC、健康に関連する生活の質(QOL)を評価するSF-36、満足度調査が行われました。
その結果、WOMAC、SF-36ともに術前と比較して術後では、両グループともに回復が認められ、満足度も同等でした。特に重症のグループのWOMACは、軽症のグループよりも回復度が高いことが示されました。しかし、WOMAC、SF-36において、重症のグループが軽症のグループの回復レベルを超えることもなければ、達することもなかったのです。
*WOMACはスコアが高いほど重度
Fig.2:Lavernia CJ, 2017より引用改変
この結果を受けて、Laverniaらは保存療法により手術を延期し、関節症が重度になってから手術をした場合、関節の機能や痛み、QOLは、術後10年以上たっても軽度の状態で手術をしたものに「追いつくことはできない」と述べています。
変形性関節症が重度であっても保存療法により手術を先に延ばすことは、患者さんの利益にはならず、逆にリスクになるということです。
Laverniaらは、今回の調査から、WOMACの身体機能スコアの合計が「51以上」になる場合は、保存療法を継続するのではなく、手術を検討するべきであると警鐘を鳴らしています(Lavernia CJ, 2017)。
Fig.3:WOMACの身体機能スコア
この報告は、患者さんにおいても、医療者においても、保存療法により手術を先延ばしにするリスクとして知っておくべき知見でしょう。
手術を受けるということは、人生においての重大なイベントです。だからこそ手術による利点とリスク、手術をしないことによる利点とリスクを知り、専門職とともに判断すべきなのです。そしてわれわれ医療者は、患者さんの判断をサポートするためにも、身体所見や生活状況をしっかりと把握し、正確な情報を提供しなければならないのです。
保存療法を行う場合は、病院で医師の診察のもと、理学療法士の定期的な評価・指導を受けることがリスクを回避するためにも望まれます。
変形性股関節症の保存療法
シリーズ①:変形性股関節症の保存療法と基本戦略①
シリーズ②:変形性股関節症の保存療法と基本戦略②
シリーズ③:変形性股関節症の保存療法と基本戦略③
シリーズ④:変形性股関節症の悪化を予測する新しい指標を知っておこう
シリーズ⑤:変形性股関節症・変形性膝関節症の保存療法によるリスクを知っておこう
股関節リハビリ①:歩行時の振り出しで上手に腸腰筋をつかうためのヒント
股関節リハビリ②:力学的負荷から見た股関節運動の注意点
股関節リハビリ③:歩行時の股関節伸展角度が出にくい理由
股関節リハビリ④:股関節症術後に見られる階段昇降の足の使い方
股関節リハビリ⑤:手術か保存療法か
股関節リハビリ⑥:手術か保存療法か(その2)
股関節リハビリ⑦:人工股関節術後に残りやすい歩き方のポイント
股関節リハビリ⑧:人工股関節術後に残りやすい立ち上がり動作のポイント
股関節リハビリ⑨:自分で簡単に変形性股関節症の程度を確認できる方法
股関節リハビリ⑩:歩容から見る変形性股関節症の重症度
股関節リハビリ⑪:変形性股関節症の簡単な脊椎疾患との鑑別法
股関節リハビリ⑫:変形性股関節症の遺伝子研究の進展
股関節リハビリ⑬:最新手術「筋肉温存型人工股関節置換術」まとめ
股関節リハビリ⑭:歩きに適した外転筋トレーニングの方法
股関節リハビリ⑮:見落としがちな歩き方のポイント
股関節リハビリ⑯:見落としがちな歩き方のポイント(その2)
股関節リハビリ⑰:変形性股関節症の保存療法と関節軟骨
股関節リハビリ⑱:変形性股関節症とランニング(まとめ)
股関節リハビリ⑲:人工股関節置換術とスポーツ
股関節リハビリ⑳:人工股関節・人工膝関節置換術の再置換率を知っておこう
References
Price AJ, et al. Are pain and function better measures of outcome than revision rates after TKR in the younger patient? Knee. 2010 Jun;17(3):196-9.
Lavernia CJ, et al. Prolonged Conservative Management in Total Joint Arthroplasty: Harming the Patient? J Arthroplasty. 2017 Mar 23. pii: S0883-5403(17)30270-X