"inter-limb coordination"という言葉がある。
ヒトの歩行は2本の足を協調することによって、様々な環境にも対応できる能力をもつ。
しかし、これは裏を返せば、右足を怪我すれば、左足も何かしら影響を受けるということである。
末期股関節症では、歩行時に対側の膝関節に内転モーメント、内側荷重がより生じることが明らかになっており、これが、二次的な変形性膝関節症の発症因子になる可能性が示されている(Shakoor N, 2003)。
それでは、日常生活でよく使用する階段の上り下りでは、対側の関節(inter-limb joint)にどのような影響があるのだろうか?
今回の報告は、股関節症患者の階段昇降時の対側下肢への影響を調査したものである。
reference)
Journal of Orthopaedic Research, 2010
対象は、片側THA患者20名と健常者20名。
3次元動作解析装置、床反力計を用いて、階段昇降時の術側下肢、腱側下肢、健常下肢の各関節(股関節・膝関節・足関節)の関節角度、関節応力、パワーを測定し比較した。
その結果、特徴的な所見を以下に掲載する。
上記の図は、術側下肢を昇段させる際の関節パワーを示したものである。図Aが股関節、図Bが足関節であり、黒の実線が健常関節パワー、図Aの赤い点線は術側股関節パワー、図Bの緑の点線は腱側足関節パワーである。
術側下肢を昇段させる際に、患側股関節のパワーは健常股関節よりも少なく、反対に、腱側足関節のパワーは腱側足関節よりも増大することが認められた。
さらに、
上記の図は降段時の股関節角度である。青の実践が健常股関節、緑の点線が腱側股関節、赤い点線が術側股関節である。
健常股関節の屈曲角度に比べて、術側、腱側ともに角度が減少していることが認められた。
とのこと。
階段の上りでは、手術した股関節の屈曲パワーが減少するため、術側下肢を上段に持ち上げるために腱側足関節の底屈パワーを代償的に用いることが理解できる。
階段の下りでは、股関節の屈曲角度が、術側、腱側ともに減少する傾向が見られた。これは、関節角度を少なくすることで、必要となる筋力を最小限に抑える戦略であると推測している。
このように、股関節患者さんは、日常的な歩行、階段昇降などの場面でinter-limb coordinationにより適応し、結果的にinter-limb joint(対側の関節)に代償的な負荷を生じさせている。
腱側は腱側でない理由である。
股関節症の歩行時の振り出しでは、股関節屈曲筋力を同側の足関節底屈筋力で代償し(過去ブログ)、階段の上がり時では対側の足関節底屈筋力で代償していることは、興味深い知見である。
股関節リハビリシリーズ
股関節リハビリ①:歩行時の振り出しで上手に腸腰筋をつかうためのヒント
股関節リハビリ②:力学的負荷から見た股関節運動の注意点
股関節リハビリ③:歩行時の股関節伸展角度が出にくい理由
股関節リハビリ④:股関節症術後に見られる階段昇降の足の使い方
股関節リハビリ⑤:手術か保存療法か
股関節リハビリ⑥:手術か保存療法か(その2)
股関節リハビリ⑦:人工股関節術後に残りやすい歩き方のポイント
股関節リハビリ⑧:人工股関節術後に残りやすい立ち上がり動作のポイント
股関節リハビリ⑨:自分で簡単に変形性股関節症の程度を確認できる方法
股関節リハビリ⑩:歩容から見る変形性股関節症の重症度
股関節リハビリ⑪:変形性股関節症の簡単な脊椎疾患との鑑別法
股関節リハビリ⑫:変形性股関節症の遺伝子研究の進展
股関節リハビリ⑬:最新手術「筋肉温存型人工股関節置換術」まとめ
股関節リハビリ⑭:歩きに適した外転筋トレーニングの方法
股関節リハビリ⑮:見落としがちな歩き方のポイント
股関節リハビリ⑯:見落としがちな歩き方のポイント(その2)
股関節リハビリ⑰:変形性股関節症の保存療法と関節軟骨
股関節リハビリ⑱:変形性股関節症とランニング(まとめ)
股関節リハビリ⑲:人工股関節置換術とスポーツ
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