旭川医科大学の高草木教授は、動物実験や病態モデルの研究報告をもとに「皮質網様体路は姿勢制御に関与する」という仮説を提唱しています。
前回のエントリでは、拡散テンソルトラクトグラフィー(Diffusion tensor tractography:DTT)を用いて、初めてヒトの皮質網様体路の存在とその経路、近位筋への神経支配を示した画像研究ご紹介しました。
ヒトにおいても皮質網様体路は運動前野、補足運動野に起始をもち脳幹網様体につながっていること、皮質網様体路の損傷は近位筋の弱化(muscle weakness)を生じさせることから皮質網様体路は近位筋の制御に関与していることがDDTの画像研究により示唆されているのです。
今回は、ヒトの皮質網様体路が立位姿勢制御にどのように関与しているのか?について近年のDTTの研究報告をご紹介します。
高草木氏は、脊髄脊椎ジャーナル「ニューロリハビリテーションにおけるサイエンス」の中で動物実験、病態モデルの知見をもとにした「先行性姿勢制御に関する作業仮説」を提唱しています。
先行性姿勢制御とは、随意運動に先行する姿勢を調整する仕組みであり、これは予期的姿勢制御(Anticipatory postural adjustment:APA)とも呼ばれています。ドアを開ける動作では、予期的姿勢制御に対応する抗重力筋である下腿三頭筋の筋活動が、ドアを開ける手や腕の動作よりも約0.1秒先行します。
高草木氏は、このような先行性姿勢制御のメカニズムについて以下のような作業仮説を述べています。
A:姿勢制御プログラムの実行
a)6野では、姿勢制御と随意運動の双方のプログラムが生成される。
b)姿勢制御プログラムは、皮質網様体路を介して脳幹網様体に伝達され、その信号は網様体脊髄路を通じて先行性姿勢制御を実行する。
c)随意運動のプログラムは一次運動野に伝達される。
B:随意運動の実行
6野から送られた随意運動のプログラムは、運動指令として4野に起始する外側皮質脊髄路を下行して脊髄に伝達され、目的とする随意動作が実行される。
図:高草木薫, 2014より引用
手を伸ばす際、6野からの姿勢制御プログラムが随意運動に先行して姿勢を制御することによって、バランスを保った状態で随意運動を実行できるのです。
皮質網様体路は6野で生成された姿勢制御プログラムを脳幹網様体に伝達する役割を有していることが作業仮説として推測さています(高草木薫, 2014)。
では、ヒトにおいても皮質網様体路は立位姿勢制御に関与しているのでしょうか?
脳挫傷後の主症状として、バランス能力が低下しやすいことが報告されています(Pickett TC, 2007)。嶺南大学のLeeらは、脳挫傷患者の特異的なバランス能力の低下に皮質網様体路が関与していると考え、DTTによる検査を行いました。
DTTにより同定された皮質網様体路を健常者と比べると、断裂や線維のボリュームの減少、部分断裂していることがわかりました。
Fig.1:Lee HD, 2015より引用改変
また、皮質網様体路が変性している脳挫傷後の患者の多くに、肩や股関節といった近位筋の弱化が認めらました。この結果から、Leeらは脳挫傷後のバランス能力低下に皮質網様体路の変性が関与しており、近位筋の弱化によりバランス能力が低下すると結論付けています(Lee HD, 2015)。
さらに脳挫傷患者の皮質網様体路の変性がバランス能力の低下に関与することもわかっています。
JangらはDTTにより皮質網様体路に変性が認められた脳挫傷患者25名と健常者25名を対象に、バランス能力の計測を行いました。バランス能力の測定は硬い床面と柔らかい床面の2つの環境でおこなわれ、通常の立位、片脚立位、タンデム肢位の3つの肢位により測定されました。
Fig.2:Jang SH, 2016より引用改変
脳挫傷患者は健常者に比べて、3つの肢位の全てにおいて、硬い床面、柔らかい床面ともにバランス能力の低下を認めました。特に柔らかい床面では顕著な低下を示していました。
Fig.3:Jang SH, 2016より引用改変。バランス能力はBalance Error Scoring System(BESS)により判定。数値が高いほうがバランス能力が低い。
さらに足底圧の中心(COP)の偏位を調べると、脳挫傷患者は偏位距離、最大距離ともに偏位量が多いことが示されました。
脳挫傷により皮質網様体路が変性している患者では、健常者に比べて立位バランスを維持するのに努力的(COPの変位量が多い)であり、柔らかい床など、環境の変化でバランス能力が低下しやすいことがわかったのです(Jang SH, 2016)。
これらの研究から、皮質網様体路の損傷、変性により、近位筋の弱化とともに立位バランス能力の低下が認められることがわかりました。ヒトにおいても皮質網様体路が立位姿勢制御に関与することが示唆されているのです。
今までは動物実験や病態モデルから皮質網様体路と姿勢制御の関係を推測することしかできませんでしたが、DTTにより皮質網様体路を同定することによって、ヒトの皮質網様体路が姿勢制御に関わっている知見が集まり始めています。しかし、高草木氏が提唱する皮質網様体路が先行性姿勢制御に関与するという作業仮説の実証には至っていません。この作業仮説をもとに今後もさらなる研究が進められていくでしょう。もちろんこのブログでも新しい知見をピックアップしていきます。
次回は、高草木氏が提唱するもうひとつの作業仮説である「皮質網様体路の歩行制御への関与」について、DTTによる画像研究の知見をご紹介する予定です。
姿勢制御のしくみとリハビリテーション
シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう
シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう
シリーズ③:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①
シリーズ④:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ②
シリーズ⑤:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①
シリーズ⑥:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②
脳のしくみとリハビリテーション
シリーズ①:小脳の障害像と損傷部位の関係を理解しよう
シリーズ②:ロンベルグ試験から立位姿勢制御のしくみを理解しよう
シリーズ③:脳卒中後の回復メカニズムの新たな発見をキャッチアップしよう
シリーズ④:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ①
シリーズ⑤:ヒトの皮質網様体路と姿勢制御 ②
シリーズ⑥:ヒトの皮質網様体路と歩行制御
シリーズ⑦:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ①
シリーズ⑧:ヒトの大脳皮質と姿勢制御 ②
参考資料
高草木 薫, ニューロリハビリテーションにおけるサイエンス. 脊髄脊椎ジャーナル. 2014.
Reference
Pickett TC, et al. Objectively assessing balance deficits after TBI: Role of computerized posturography. J Rehabil Res Dev. 2007;44(7):983-90.
Lee HD, et al. Injury of the corticoreticular pathway in patients with mild traumatic brain injury: A diffusion tensor tractography study. Brain Inj. 2015 Jul 23:1-4.
Jang SH, et al. Postural Instability in Patients With Injury of Corticoreticular Pathway Following Mild Traumatic Brain Injury. Am J Phys Med Rehabil. 2016 Jan 29.
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