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ストレッチでパフォーマンスを低下させない方法


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 今回のエントリは、『ストレッチはパフォーマンスを低下させる(前編)』の後編になります。

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 ストレッチとパフォーマンスの関係については、2010年までに報告された3つのシステマティックレビュー、欧州スポーツ医学会、米国スポーツ医学会からのステートメントにより、「運動前のストレッチはパフォーマンスを低下させる」というエビデンスが世界的に認知されています。

 

 これにより海外のスポーツ選手やトレーナーは、スタティックストレッチングをウォーミングアップのメニューから外すことが多くなっているようです。しかし、ストレッチングの利点である「肉離れなどの筋損傷の予防効果」については、McHughらのシステマティックレビューでもエビデンスが示されており(McHugh MP, 2010)、スポーツを行われている方にとっては無視できません。できれば、怪我を予防しつつ、パフォーマンスも維持したいものです。

 

 それでは、パフォーマンスを低下させずに、ストレッチングの利点を生かす方法はないのでしょうか?

 

 今回は、2010年から現在までに報告された3つのシステマティックレビューを紹介しながら、ストレッチングでパフォーマンスを低下させない方法について考察してみましょう。

 

◆ ストレッチングの方法によってはパフォーマンスの低下を防止できる

 

 2011年、カナダのBehmらは42論文、1606名の対象者を含めたシステマティックレビューを発表しました(Behm DG, 2011)。彼らは、ストレッチングがパフォーマンスに与える影響について、パフォーマンス、筋収縮のタイプ、ストレッチングの方法(時間や強度)、対象者の特性(トレーニング歴)など詳細に調査しました。その結果を見ていきましょう。

 

 パフォーマンスへの影響について筋力、ジャンプ、ランニングについて調査した結果、筋力、ジャンプは低下しましたが、ランニングへの影響は限定的なものでした。

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✻縦軸に論文数、横軸は左からパフォーマンスの「明らかな低下」、「変わりなし」、「明らかな改善」を示しています。

 

 また、筋の収縮タイプでは、強い負荷に対する筋収縮は低下しますが、弱い負荷に対する筋収縮には影響を及ぼさないことが示されました。

 

  ストレッチング時間による影響では、90秒を超えるとパフォーマンスを低下させ、30秒以内であればパフォーマンスを維持できることがわかりました。

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 ✻縦軸はパフォーマンスの影響度であり、マイナスになるほどパフォーマンスの低下を示します。横軸はストレッチング時間です。

 

 さらに、ストレッチングの強度では、不快に感じるポイント(point of discomfort: POD)を超えるとパフォーマンスが低下しやすいこと、PODを超えない強度では、パフォーマンスの低下を抑えられることが示されました。

 

 最後に、対象者のトレーニング歴では、ジャンプパフォーマンスにおいて、トレーニング歴を有するほうが影響が少なく、トレーニング初心者に影響しやすいとのことです。

 

 これらの結果をまとめると以下のようになります。

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 パフォーマンスは、筋力やジャンプ力といった強い筋収縮が求められる場合に低下しやすいようです。また、ランニングやジョギングなどの弱い筋収縮で行えるパフォーマンスには影響が少ないことがわかりました。さらに、ストレッチングの時間は90秒を超えるとパフォーマンスにネガティブな影響が生じ、30秒以下であれば問題ないとのことです。ストレッチングの強さは不快なレベルに達しない程度であればパフォーマンスへの影響は少ないとしています。このことから、本報告では短時間で低強度のストレッチングはパフォーマンスの低下を防止できると結論づけています。



◆ ストレッチングの時間が重要

 

 2012年、アメリカのKayらは106論文をもとにシステマティックレビューを報告しています。彼らはストレッチングとパフォーマンスに関する報告において、ストレッチング時間の統制が行われていないことに注目しました。下の図のように、ストレッチング時間が60秒を超えるとパフォーマンスが低下する論文の割合が有意に増加しており、ストレッチングの時間がバイアスになっている可能性があります。そのため、Kayらは、パフォーマンスに対するストレッチング時間の影響について詳細に分析しました。

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✻ストレッチング時間におけるパフォーマンスの低下した論文数の割合。

 

  その結果、106論文の44%において、ストレッチングは筋力、パワー、パフォーマンスを低下させることが示されていました。しかし、ストレッチング時間が45秒未満では、このようなパフォーマンスの低下は見られませんでした。

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✻ストレッチング時間におけるパフォーマンスへの影響を示しています。マイナスの値が大きいほどパフォーマンスが低下しています。

 

  さらに詳細に分析すると、ストレッチング時間が45秒以内であればスピードが必要なパフォーマンスにネガティブな影響を与えないことがわかりました。また、ジャンプなどの瞬発系パフォーマンスにおいても45秒未満では13の論文で影響がないことが示されています。さらに、30秒以内のストレッチングでは全てのパフォーマンスにおいて、全く影響を与えないことが明らかになりました。

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  このような結果から、Kayらは以下のように考察しています。

 

・今までのストレッチングとパフォーマンスに関する研究の多くは、ストレッチング時間が長く(60秒以上)、研究結果をそのままスポーツ現場で活用することには疑問がある。

 

・60秒を超えるストレッチングは、軽度から中等度のパフォーマンス低下を招く可能性がある。

 

・45秒未満のストレッチングは、パフォーマンスを低下させるリスクは少なく、ウォーミングアップに利用しても問題ない。

 

・30秒未満のストレッチングでは、全く問題ない。そして、この時間は一般的なスポーツ現場で行われているストレッチング時間と同様である。

 

・今回のレビューは、1回のストレッチング時間について調査したものであり、繰り返し行った場合のトータル時間とパフォーマンスの影響についてはさらなる調査が必要である。

 

 やはり、ストレッチング時間によるパフォーマンスへの影響は大きいようです。30秒以内のストレッチングであれば全く問題ないという結果は、一般的なストレッチング時間として推奨されている15-30秒(Alter MJ, 2004)と同等であり、実用的な研究報告として価値が高いと思われます。

 

 

統計学的に検討した結果

 

 ストレッチングとパフォーマンスに関する最も新しいレビューは、2013年のSimicらのメタアナリシスの報告になります。彼らは、今までに報告されたレビューはデータの統計手法に問題があるとして、適切な統計手法を用い、個人の特性、筋収縮タイプ、パフォーマンステスト、ストレッチング時間について調査しました(Simic L, 2013)。

 

  104論文を対象にし、その結果は以下の通りとなりました。

 

・年齢、性別による差は認められず、ストレッチングは個人の特性に関わらずパフォーマンスを低下させる。

 

・筋収縮タイプでは、等張性収縮に比べて等尺性収縮に有意な低下を認めた。また、等張性収縮では、求心性収縮、遠心性収縮に差は認められなかった。

 

・パフォーマンスでは、動作開始の初期に大きなパワーを発揮する能力を示す筋力の立ち上がり率(Rate of Force Development; RFD)に強いネガティブな効果を示した。また、ジャンプやスプリントも低下するが、スローイングについては影響が少なかった。

 

・ストレッチング時間は、45秒を超えるとパフォーマンスに影響を示し、90秒を超えるとパフォーマンスを低下させる。 

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 個人の特性とストレッチングによるパフォーマンスへの影響について調査したのは本研究が初めてになります。結果としては、年齢、性別に関係なく、誰でも運動前のストレッチングがパフォーマンスを低下させることが示唆されました。また、瞬発系のパフォーマンスはストレッチングの影響を受けやすいことも明らかになりました。しかし、スローイングに関してはストレッチングの影響が少なく、ストレッチングは上肢のオーバーヘッドパフォーマンスを低下させない可能性が示されました。ストレッチング時間はKayらの報告と同様に、45秒未満であればストレッチングのパフォーマンスに対する寄与は少ないことが示唆されました。しかし、90秒を超えるとパフォーマンスを低下させる可能性が高く、これはBehmらの報告と同様の結果となりました。

 

 

 2010年までの研究報告では、ストレッチングがパフォーマンスを低下させることに注目されていましたが、2010年以降のレビューでは、その影響を詳細に分析し、ストレッチングによるパフォーマンスの低下を防ぐための重要な情報を提供してくれています。

 

 紹介した3つのレビューからパフォーマンスを低下させないストレッチングの注意点についてまとめてみましょう。

 

ストレッチングの時間は30秒以下で行う。決して60秒以上では行わない。

 

ストレッチングの強度は少し不快に感じる程度とする。決して痛みを我慢するようなストレッチは行わない。

 

・ジャンプなどの瞬発力やアジリティの要素が多いスポーツ(バレーボール、バスケットボールなど)では必要以上に行わず、怪我のしやすい箇所のみ短時間、低強度で行う

 

 パフォーマンスを維持しながらストレッチングの筋損傷予防という利点を生かすためには、短時間、低強度でのストレッチングが有効のようです。30秒以下でのストレッチングで筋損傷が予防できるのか?という質問を受けましたが、5〜30秒のストレッチングでも筋腱の柔軟性を高め、関節可動域を広げ、筋の損傷リスクを下げる効果があるという報告(Kay AD, 2008)もあります。

 

 ストレッチングによりパフォーマンスを落とさないためには、短時間、低強度で行うとともに、ウォーミングアップは、他のダイナミックストレッチングなどを含めて包括的に計画することが重要になります。

 

 

ストレッチの科学シリーズ

ストレッチの科学①:ストレッチはパフォーマンスを低下させる(前編)

ストレッチの科学②:ストレッチでパフォーマンスを低下させない方法 

ストレッチの科学③:効率的で効果的なストレッチの時間と回数 

ストレッチの科学④:ストレッチは毎日やらなくてもいいんです

ストレッチの科学⑤:ストレッチはいつするのが効果的か?  

ストレッチの科学⑥:ストレッチは高齢者の歩行能力を高める

ストレッチの科学⑦:ストレッチの効果はどのくらい持続するのか?~即時効果編~ 

ストレッチの科学⑧:ストレッチの効果はどのくらい持続するのか?〜習慣的な効果〜

ストレッチの科学⑨:ストレッチのメカニズム その1

ストレッチの科学⑩:ストレッチのメカニズム その2

ストレッチの科学⑪:ストレッチにダイエットの効果はありません  

ストレッチの科学⑫:ストレッチのウソ?ホント? 〜まとめ〜

 

Reference

McHugh MP, et al. (2010) To stretch or not to stretch: the role of stretching in injury prevention and performance. Scand J Med Sci Sports 20: 169–181.

Behm DG, et al. (2011) A review of the acute effects of static and dynamic stretching on performance. Eur J Appl Physiol 111: 2633–2651.

Kay AD, et al. (2012) Effect of acute static stretch on maximal muscle performance; a systematic review. Med Sci Sports Exerc 44: 154-64.

Alter MJ. Science of Flexibility. 3rd ed. Champaign (IL): Human Kinetics; 2004. p.9.

Simic L, et al. (2013) Does pre-exercise static stretching inhibit maximal muscular performance? A meta-analytical review. Scand J Med Sci Sports 23: 131–148.

Kay AD, et al. (2008) Reductions in active plantar flexor moment are significantly correlated with static stretch duration. Eur J Sport Sci 8:41–6.

 

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