バランスの研究で著明なDr Horakは、バランス障害の評価の目的を次のように述べている。
「バランス障害の評価には2つの目的がある。ひとつはバランス能力の程度を評価すること。そして、もうひとつはバランス能力が低下している原因を特定することである」(Horak FB, 1997)
バランス能力は転倒のリスク因子として高い影響度をもつ。Tinettiらのレビューによれば、バランス障害による転倒の相対危険率は1.2~2.4であり、これはバランス障害によって転倒リスクが1.2~2.4倍に高まることを示している。
米国老年医学会(AGS)の転倒スクリーニングにおいても歩行・バランスの評価は上位に挙げられており、評価方法はTime up and go test(TUG)、Berg balance scale(BBS)、Performance oriented mobility assessment(POMA)を推奨している。
また、米国疾病予防管理センター(CDC)においても歩行・バランス評価を転倒スクリーニングの上位に挙げ、TUG、4 stage balance testを評価方法として推奨している。
このようにバランス能力は転倒リスクに大きく寄与し、転倒スクリーニングにおいても重要な評価指標に位置付けられている。
では、数多くあるバランス能力の評価方法の中で、有効性の高いものはどの評価なのだろうか?AGS、CDCにおいてもバランス能力の評価方法は異なっており、評価指標が定まっていない。今回は、バランス能力の有効な評価方法について、Persadらのレビューを参考にして考察する。
Table of contents
◆ 感度・特異度が高いバランス評価を知っておこう
一般的なバランス能力の評価方法は、単一の動作課題によって評価を行うものと、複数の動作課題によって評価されるものに大別される。Persadらのレビューでは、地域在住高齢者を対象にして、代表的なバランス能力の評価方法のカットオフ値、感度、特異度をまとめており、有効性を把握するのに大変、参考になる(Persad CC, 2010)。
* Persad CC, 2010より引用改変
* Persad CC, 2010より引用改変
ここで、感度(sensitivity)と特異度(specificity)について「高齢者の転倒のしやすさ」と「バランス評価」を用いて簡単に説明する。
上記の図から感度は、以下の式になる。
感度=a/(a+c)
これは、転倒しやすい高齢者がバランス評価で陽性になる割合を示している。
また、特異度(specificity)は以下の式になる。
特異度=d/(b+d)
これは、転倒しにくい高齢者がバランス評価で陰性になる割合を示している。
つまり、感度とは、バランス評価で転倒しやすい人をちゃんと陽性にする割合であり、特異度とは、バランス評価で転倒しにくい人をちゃんと陰性にする割合なのである。感度、特異度ともに100に近い場合は、バランス能力を判定する精度の高い評価方法と判断される。
では、Persadらが報告した表をもう一度見てみよう。単一の動作課題による評価では、TUGとFour Square Step Testが感度、特異度ともに80を超えており、精度が高い。複数の動作課題による評価では、BBSが精度の高い評価となる。よって、TUG、Four Square Step Test、BBSは、有効なバランス能力の評価方法であると言える。
◆ 臨床場面でのバランス評価の現状とは?
それでは、実際の臨床場面ではどのような評価方法が用いられているのだろうか?
望月らは、PTを対象にしたアンケート調査により、バランス評価の現状について報告している(望月, 2009)。
その結果、評価方法の使用頻度は、FRT57%、TUG39%、片脚立位などの直立検査30%、BBS26%であり、FRTを除く他の評価方法の使用頻度は半数を下回っていた。
評価方法の選択理由は「評価に時間がかからないもの(60.8%)」が半数を超えており、「評価の判断基準が明確である(43.5%)」を上回っている。このことから、臨床場面においては、評価の有効性よりも時間や場所などの制約条件によって評価方法を選択している背景が伺える。
このような背景を考慮すると、評価場面で使用可能な評価方法を、有効性の高いものから選択することが現実的となる。その場合は、FRTやTUGなどの単一の動作課題の評価が優先して使用されることになるだろう。しかしながら、これらの評価方法はバランス能力評価の包括性が低いことが指摘されている。よって、BBSなどの複数の動作課題の評価と組み合わせて行うことが推奨されている(Persad CC, 2010)。
現在、BBSの項目をより少なくしたShort form of BBSなどの開発も行われており(Chen KL, 2015)、より少ない時間でBBSと同様の精度を有する評価方法の確立が期待される。このような研究報告をキャッチアップし、現行で行っているバランス能力の評価に組み合わせていくことが、現場に即した有効性の高い評価を形作っていくことになるだろう。このブログでもより精度の高い、臨床場面で使用可能な評価方法の知見があれば、随時、紹介していこうと思う。
最後に、冒頭で紹介したDr Horakは、バランス障害の評価の目的は、バランス能力の程度を評価することであると述べている。評価方法の感度、特異度を知り、臨床場面に適した評価方法を精度の高いものから選択することがこの目的の達成につながる。
では、もうひとつの目的である「バランス能力が低下している原因を特定する」ことについてはどうだろうか?現行のバランス能力の評価の問題点は、評価結果からバランス能力のどこに異常があるのか判断できず、アプローチに結び付けにくいことである。
次回は、バランス能力を構成するシステムを明らかにし、バランス能力が低下している原因を特定するための評価方法について考察してみたい。
◆ 知っておきたい参考記事
転倒の科学①:健康寿命から考える転倒予防
転倒の科学②:転倒予防のリスクマネージメント① 転倒のリスク因子を知ろう!
転倒の科学③:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!AGS編
転倒の科学④:効率的に転倒リスクをスクリーニングしよう!CDC編
転倒の科学⑤:有効なバランス能力の評価とは?
転倒の科学⑥:バランス能力の評価を再考しよう
転倒の科学⑦:歩行速度で転倒リスクを予測しよう
転倒の科学⑧:変形性膝関節症の術後の痛みが転倒のリスク因子になる
転倒の科学⑨:睡眠薬のメカニズムと転倒リスクについて知っておこう
Reference
Horak FB. Clinical assessment of balance disorders. Gait Posture 6: 76-84, 1997
Persad CC, et al. Assessing falls in the elderly: should we use simple screening tests or a comprehensive fall risk evaluation? Eur J Phys Rehabil Med. 2010 Jun;46(2):249-59.
望月久. 臨床的バランス能力評価指標に関するアンケート調査報告. 理学療法学24 (2): 205-213, 2009
Chen KL, et al. A prospective study of the responsiveness of the original and the short form Berg Balance Scale in people with stroke. Clin Rehabil. 2015 May;29(5):468-76.