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認知症予防で今年最もインパクトがあったフィンガー研究の紹介


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 先日のNHKスペシャル「シリーズ認知症革命」で紹介されていたフィンガー研究(FINGER study)の内容を詳しく見てみよう。

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by WHO Ministerial Conference

 

 FINGER研究は、2015年6月にLancetに掲載された認知症予防の介入研究であり、今年、最もインパクトがあったといわれている研究報告である。

 

 認知症の予防は「認知症の前駆状態である軽度認知障害(MCI:Mild cognitive impairment)の段階で症状の進行を如何に留め、改善させるか」が鍵となる(Lindenberger U, 2015)。

 しかし、MCIへの介入研究では、これまで主にネガティブな結果が報告されており(Norton S, 2014)、単一的な介入では予防効果がないことがわかっている。また、いくつかの介入研究では、運動や認知トレーニング、またはその両方を行う介入によって効果が認められた(Fiatarone Singh MA, 2014)が、これらの報告は短期間、小規模のものであった。

 

 つまり、近年においてもMCIへの効果的な予防方法が確立できていないのである。

 

 このような認知症予防の背景において、フィンランドカロリンスカ研究所教授であるKivipelto氏のグループは「そもそも、認知症は多くの因子が関係する多因子疾患であり、多因子への介入を同時に行うべきである」と認知症を再定義し、仮説をたてた。

 これにもとづき、2009年9月7日から2011年11月24日までの約2年間、2654名のスクリーニングを行い、MCIと診断された1260名を対象にした過去に例を見ない長期間、大規模な認知症予防の介入研究が始まった。

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

 本研究は、66〜77歳のCAIDE(Cardiovascular Risk Factors, Aging and Dementia) 認知リスクスコアが6ポイント以上のもの1,260名を対象とし、介入群(631名)、対照群(629名)をランダムに分けた。介入群は、食事指導、運動指導、認知トレーニング、血管リスクの管理の4つの介入が行われ、対照群は一般的な健康アドバイスが行われた。

 

 それでは、詳細に介入方法を見てみよう。



◆ 食事指導

 

 食事指導は栄養士が担当し、フィンランドの栄養勧告(the Finnish Nutrition Recommendations)にもとづき個人またはグループで行われた。栄養指導は1日の摂取エネルギー構成から食物繊維、塩分、アルコールの摂取量まで厳密に定められている。

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 この基準を達成するために、フルーツや野菜、全粒穀物製品や低脂肪乳、肉製品などを消費すること、少なくとも週に2日は魚を消費することが推奨された。また、糖の摂取を1日50gに制限すること、野菜マーガリンやナタネ油の代わりにバターを使用することなどが指導された。



◆ 運動指導

 

 運動は理学療法士によりジムで行われ、トレーニングメニューは国際ガイドライン(Nelson ME, 2007)、DR’s EXTRA研究のプロトコル(Komulainen P, 2010)をもとに実施された。運動内容は、週1〜3回の筋力トレーニング、週2〜5回の有酸素運動とし、これらにバランストレーニングを加えている。筋力トレーニングは、主な8つの筋肉グループ(膝伸展・屈曲、腹筋、背筋、腹部回旋筋、上部背筋、上肢)に分けて行う。有酸素運動は個人の好みにより、生活に取り入れやすいプログラムを実施した。



◆ 認知トレーニング

 

 認知トレーニングは心理士により個人またはグループによって行われた。トレーニング期間は6ヶ月間を2回実施した。72のトレーニングセッション(1週間に3回、1回のセッションは10-15分間)を行い、トレーニングはワーキングメモリー、エピソード記憶、メンタルスピードを含むものを取り入れた(Dahlin E, 2008)。これらのトレーニングは自宅のパソコンでも行えるようにした。



◆ 血管リスクの管理

 

 代謝・血管リスクの管理は国際ガイドラインにもとづき医師、看護師によって行われた。看護師により3、9、18ヶ月、医師により3、6、12ヶ月に診察が行われ、血圧、体重、BMI、臀部・ウエストの周径、身体機能が測定され、生活スタイルの確認、是正が行われた。医師は薬の処方はしないが、必要であればかかりつけ医の診察をうけることを勧めた。



 これらの4つの介入を2年間にわたり実施されたが、途中で実験を離脱された方は、介入群87名(14%)、対照群66名(11%)とドロップアウト率が低いのがこの研究の特徴でもある。

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Fig.1:Ngandu T, 2015より引用。 

 

 では、これらの介入結果はどのようなものであったのだろうか?

 

 アウトカムは主要アウトカムと副次アウトカムにより設定されている。

 主要アウトカムは、神経心理学的検査バッテリー(NTB:neuropsychological test battery)のトータルスコアとし、副次アウトカムはNTBに含まれる遂行機能、処理速度、記憶とした。これらのアウトカムを介入後12ヶ月、24ヶ月で測定し、得られた数値を標準化(Z score)して比較検討している。

 

 比較検討した結果、明らかにNTBのトータルスコアは増加を認め、対照群と比較して25%もの改善を認めた。また、副次アウトカムである遂行機能、処理速度に有意な改善が認められ、対照群と比較して、遂行機能は83%、処理速度にいたっては150%の改善を認めた。記憶は改善の傾向を示していた。

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Fig.2:Ngandu T, 2015より引用改変 

 

 また、多重比較検定(post-hoc analyses)により、今回の予防的介入を行わなかった対照群は、介入群と比べて認知症になるリスクが1.3倍増加することが示されている。

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Fig.3:Ngandu T, 2015より引用改変  

 

 これらの結果から、食事、運動、認知トレーニング、血管リスクの管理という多因子介入は、MCIの認知機能を維持するのみでなく、改善させる可能性が明らかになったのである。

 2年間、1200名を超えるMCI予防の介入研究は今までに例がなく、このFINGER研究が与えるインパクトは大きい。「そもそも認知症は多因子疾患であり、その改善ためには多因子介入が必要である」というKivipeltoらの仮説は証明され、今後、FINGER研究が認知症予防の新しい、現実的なモデルになると論文の最後に記している。

 

 FINGER研究は包括的に予防介入を行うことのエビデンスを示してくれた。今後の認知症予防では多因子介入研究が増えていくだろう。介入現場となる臨床や地域社会においても多職種連携が求められる時代になる。自らの専門性を高めるとともに、他職種の役割を知り、連携する能力を高める必要があるだろう。

  

 FINGER研究の成果は素晴らしいが、個人的には、Kivipeltoらが認知症を多因子疾患であると再定義し、それにもとづき介入モデルを構築したという点に価値を感じる。

 ヒトは複雑系の生き物である。臨床や研究においても単一的な介入ではなく、問題解決における大局観の重要性を今一度、気づかせてくれる素晴らしい研究でもあった。

 

 

認知症の科学シリーズ

認知症の科学①:認知症予防で今年最もインパクトがあったフィンガー研究の紹介

 

Reference

Lindenberger U. Human cognitive aging: corriger la fortune? Science. 2014 Oct 31;346(6209):572-8.

Norton S, et al. Potential for primary prevention of Alzheimer's disease: an analysis of population-based data. Lancet Neurol. 2014 Aug;13(8):788-94.

Fiatarone Singh MA, et al. The Study of Mental and Resistance Training (SMART) study—resistance training and/or cognitive training in mild cognitive impairment: a randomized, double-blind, double-sham controlled trial. J Am Med Dir Assoc. 2014 Dec;15(12):873-80.

Nelson ME, et al. Physical activity and public health in older adults: recommendation from the American College of Sports Medicine and the American Heart Association. Circulation. 2007 Aug 28;116(9):1094-105.

Komulainen P, et al. Exercise, fitness and cognition - a randomised controlled trial in older individuals: the  DR’s EXTRA study. Eur Geriatr Med 2010; 1: 266–72.

Dahlin E, et al. Transfer of learning after updating training mediated by the striatum. Science. 2008 Jun 13;320(5882):1510-2.

 

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