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ベンチプレスで肩を痛めないために!最新エビデンスから学ぶケガのメカニズムと予防法


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 ベンチプレスは、筋トレでもっとも人気のある種目のひとつで、大胸筋や三角筋上腕三頭筋を鍛えるために多くの人が取り組んでいます。しかし、その一方で、肩の痛みや違和感を感じたことはありませんか?

 

 実は、ベンチプレスによる肩の負傷はとても多く報告されています。特に、鎖骨の遠位端骨溶解症(DCO)や大胸筋断裂、肩関節の不安定性、腱板損傷などが起こりやすく、フォームや負荷の設定を誤ると深刻なケガへと発展する可能性が示唆されています。

 

 実際、競技レベルのウエイトリフターの約27%が鎖骨遠位端骨溶解症を経験し、ベンチプレスを行うトレーニーの76%が肩の痛みを経験。そのうち56%が腱板腱炎、20%が上腕二頭筋腱炎を患っていたという研究報告もあります(Sharma R, 2005)。

 

 これまでの研究では、主にベンチプレスで「最大のパフォーマンスを発揮するフォーム」に焦点を当ててきましたが、「肩への負担を抑え、安全にベンチプレスを行うフォーム」については十分に検証されていませんでした。

 

 この問題に対して、アムステルダム自由大学のNoteboomらは、ベンチプレスの技術的な違いが肩関節への負担やケガのリスクにどのような影響を与えるのかを検証しました。

 

 今回は、その最新エビデンスをもとに、安全にベンチプレスを行うためのポイントを考察していきます。ケガを予防して、最大限の成果を得るために、最新の知見を知っておきましょう。

 

 

Table of Contents

 

 

 

◆ ベンチプレスのフォームが肩に与える影響を分析

 

 2024年、アムステルダム自由大学のNoteboomらは、ベンチプレスを行う際のグリップ幅、肩の外転角度、肩甲骨の位置が肩関節に与える影響を検証するため、筋トレ経験者10名(平均27歳、ベンチプレス歴6.7年)を対象に、以下の条件を変えて実験を行いました。

 

グリップ幅:肩幅の1倍、1.5倍、2倍

肩の外転角度:45度、70度、90度

肩甲骨の状態:ニュートラル、後方へ引く(リトラクション)

 

 本研究では、動作解析と筋骨格シミュレーションモデルを使用し、肩関節(肩甲上腕関節および肩鎖関節)にかかる反応力やせん断力を測定しました。

 

 では、その結果を見ていきましょう。

 

 

◆ ベンチプレスの「グリップ幅」による肩の負担の違い

 

 ベンチプレス時のグリップ幅は、肩への負担を大きく左右します。Noteboomらは、肩幅の1倍、1.5倍、2倍のグリップ幅で、肩関節(肩甲上腕関節)と肩鎖関節にかかる反応力やせん断力を比較しました。

 

 その結果、グリップ幅が広くなるほど、肩関節および肩鎖関節にかかる圧縮力とせん断力が増加することが明らかになりました。特に、肩幅の2倍の広いグリップでは、肩鎖関節(鎖骨と肩甲骨の接合部)にかかる圧縮力が顕著に増加し、鎖骨遠位端骨溶解症のリスクが高まることが示唆されました。

 

 また、グリップ幅が広いほど肩関節の後方にかかるせん断力が大きくなり、肩関節の不安定性や腱板の負担増加につながります。腱板は肩の安定性を保つ重要な役割を果たしますが、広いグリップ幅ではこれらの筋肉の活動が増え、長期間のストレスが炎症や損傷を引き起こす可能性があります。

 

Fig.1:Noteboom L, 2024より引用

 特に高重量を扱う場合、腱板の負担がさらに増し腱板炎を発症させるとともに、肩の前方の靭帯に過剰なストレスがかかることで、肩関節の不安定性が増悪させる可能性が危惧されています。

 

 これらのリスクを避けるために、Noteboomらは、「肩幅の1.5倍程度のグリップ幅が最もバランスが取れている」としています。このグリップ幅なら、大胸筋の筋収縮を十分に確保しつつ、肩への負担を抑えることができるとしています。

 

 

◆「肩甲骨の使い方」が肩の負担に与える影響

 

 Noteboomらは、ベンチプレス時の肩甲骨のポジションが肩関節や肩鎖関節にかかる反応力にどのような影響を与えるかを、ニュートラル(通常の状態)、リトラクション(肩甲骨を寄せる)という2つの異なる肩甲骨のポジションで調査しました。

 

 その結果、肩甲骨を寄せた状態(リトラクション)では、肩関節にかかる圧縮力や後方せん断力が減少し、肩への負担が軽減されることが明らかになりました。特に、肩の安定性を維持するための腱板の活動量が低下しており、これは肩甲骨のリトラクションによって上腕骨の位置が安定し、肩の安定化筋群への負担が減ったことを示唆しています。

 

 また、棘上筋(腱板を構成する筋)の負担もリトラクションで減少することが確認されました。ベンチプレスでは肩関節に後方へのせん断力がかかるため、腱板がそれを抑えるために強く働く必要があります。しかし、肩甲骨を寄せることで肩の安定性が向上し、過度な筋活動が不要になるため、肩の負担が軽減されるのです。

 

Fig.2:Noteboom L, 2024より引用

 

 NSCM(全米ストレングス&コンディショニング協会)のガイドラインでもベンチプレスでは肩甲骨を寄せることが推奨されており(Graham JF, 2003)、今回の研究結果もこれを支持するものでした。肩甲骨のリトラクションを意識することで、肩関節の不安定性を防ぎ、腱板損傷リスクを軽減できると推察されています。

 

 

◆ 「肩の外転角度」による肩の負担の違い

 

 ベンチプレスを行う際の「肩の外転角度(肩を開く角度)」は、肩関節や肩鎖関節への負担に影響を与えます。Noteboomらは、45°、70°、90°の3つの外転角度で肩にかかる負荷を比較しました。

 

 その結果、外転角度が45°と小さい場合、ベンチプレスの開始時と終了時に肩関節の上方向へのせん断力(superior shear force)が増加することが確認されました。これは、肩の負担が局所的に集中することを意味し、特に肩峰下インピンジメント症候群を持つトレーニーは、45°の外転角度を避けたほうがよいと考えられます。

 

 一方で、肩の外転角度が90°に近づくほど、肩関節にかかる横方向の力(lateral force)が増加することも観察されました。この傾向は、過去の研究(Larsen et al, 2021、Mausehund et al, 2022)とも一致しており、肩の安定性を左右する要因の一つとされています。そのため、90°の外転角度では可動域が広がる分、肩関節の安定性が低下する可能性があり、特に高重量を扱う場合は注意が必要となります。

 

Fig.3:Noteboom L, 2024より引用

 

 これらの結果を踏まえると、肩のケガを防ぐためには、肩の外転角度は70度前後を目安にし、極端に狭すぎたり広すぎたりしないように調整することが安全かつ効果的なトレーニングにつながるとされています。

 

 

◆ ケガを予防して最大のパフォーマンスで行うには

 

 では、今回の研究結果をもとに、安全かつ効果的にベンチプレスを行うためのポイントをまとめておきましよう。

 

1. グリップ幅は肩幅の1.5倍程度がベスト

 広すぎるグリップ幅(肩幅の2倍以上)は、肩関節や肩鎖関節への負荷を増やし、特に鎖骨遠位端骨溶解症のリスクを高めるため避けるべきでしょう。最適なグリップ幅は肩幅の1.5倍程度で、これにより大胸筋の筋活動を十分に確保しつつ、肩への負担を最小限に抑えることができます。

 

2. 肩甲骨はしっかりと寄せる(リトラクション)

 肩甲骨を寄せることで、肩関節の圧縮力やせん断力が軽減され、肩の安定性が向上します。特に、腱板の負担を減らし、肩関節の不安定性を防ぐ効果があるため、ベンチプレス中は常に肩甲骨を引き寄せた状態を維持することが推奨されます。

 

3. 肩の外転角度は70°を目安に

 肩の外転角度が45°と小さすぎると肩関節への負担が局所的に集中し、特に肩峰下インピンジメント症候群のリスクが高まることが示唆されています。一方、90°と広すぎると肩の安定性が低下し、可動域が広がることで肩関節に余計な負担がかかる可能性があります。最適な肩の外転角度は70°前後とされ、極端に狭すぎたり広すぎたりしないように調整することが大切になります。

 

 

 スポーツ科学の発展により、ベンチプレスのフォームに関する最新の知見が明らかになっています。最大限の成果を得るためには、単に重量を追求するだけでなく、ケガを予防するための知識と意識を持つことが不可欠です。今回ご紹介したポイントを取り入れながら、安全で効果的にベンチプレスを続けていきましょう!

 

 

 

 

 

 

◆ 参考文献


Noteboom L, et al. Effects of bench press technique variations on musculoskeletal shoulder loads and potential injury risk. Front Physiol. 2024 Jun 21:15:1393235.

Graham JF. Bench press barbell. Strength & Cond. J. 2003. 25, 50–51.

Larsen S, et al. A Biomechanical Analysis of Wide, Medium, and Narrow Grip Width Effects on Kinematics, Horizontal Kinetics, and Muscle Activity on the Sticking Region in Recreationally Trained Males During 1-RM Bench Pressing. Front Sports Act Living. 2021 Jan 22:2:637066. 

Mausehund L, et al. Understanding Bench Press Biomechanics-The Necessity of Measuring Lateral Barbell Forces. J Strength Cond Res. 2022 Oct 1;36(10):2685-2695.