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リハビリmemo

大学病院勤務・大学院リハビリテーション学所属の理学療法士による「研究と臨床をつなげるための記録」

肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう

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 二足歩行を獲得したヒトと、四足移動を行う他の類人猿との違いのひとつに「腰椎の前弯」があります。ヒトには腰椎の前弯がありますが、ゴリラやオラウータンなどの類人猿には腰椎の前弯がありません。進化形態学では、この腰椎の前弯の有無が直立姿勢や二足歩行において重要な役割を担っていることを示唆しています(Le Huec JC, 2011)。

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Fig.1:Le Huec JC, 2011より引用

 

 しかし、加齢とともに胸椎の後弯が増強すると(猫背が強くなると)、ヒトの特徴である腰椎の前弯が失われていきます。胸椎の後弯が大きくなるにしたがって、しばらくは腰椎の前弯を強めることで代償できますが、さらに胸椎の後弯が大きくなると、腰椎も耐えることができずに徐々にまっすぐ(フラットバック)になってしまいます。ここまで胸椎の後弯化が進むと、頚椎の前弯の増強や、膝関節の屈曲、足関節の背屈など全身性のアライメント異常が生じます(Barrey C, 2013)。

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Fig.2:Barrey C, 2013より引用改変

 

 では、このような姿勢の変化は肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)や腱板損傷の発症に寄与するのでしょうか?

 

 今回は、胸椎の後弯化が肩甲骨の運動異常や腱板損傷の発症に与える影響について考察していきましょう。

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◆ 胸椎の後弯が強くなると肩甲骨の運動異常が生じる

 

 加齢にともなう胸椎の後弯の増強は、長い期間を要するため、経時的な胸椎の後弯化による肩甲骨の運動異常を計測するのは困難です。そこでメリーランド大学のFinleyらは、意識的に姿勢を変化させた際の肩甲骨の運動異常を計測しました。

 

 Finleyらは、仮想の胸椎後弯姿勢として、被検者に前かがみの姿勢をとらせ、直立姿勢との上肢挙上時の肩甲骨の運動を比較しました。その結果、前かがみ姿勢では、上肢挙上時の肩甲骨の外旋と後傾の減少が認められました。

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Fig.3:Finley MA, 2003より引用改変

 

 前かがみ姿勢によって、肩甲骨の後傾と外旋が減少する理由について、Finleyらは肩甲骨の「運動軸」が変位するためであると推測しています。上肢挙上時、肩甲骨は3つの運動(上・下方回旋、前・後傾、内・外旋)が生じます。前かがみ姿勢により肩甲骨の運動軸が前方に変位すると、影響を受けやすい肩甲骨の後傾と外旋が減少するのです。

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 この知見から、Finleyらは退行変性にともなう胸椎の後弯化においても、同様の肩甲骨の運動異常が生じるだろうと推察しています。



◆ 胸椎の後弯が強くなると肩峰下インピンジメントが誘発されやすい

 

 通常、肩甲骨の運動異常が生じると、肩峰下スペースが減少し、肩峰下インピンジメントが誘発されます。では、胸椎の後弯化は肩峰下インピンジメントに寄与するのでしょうか?

 

 2014年、福島県立医科大学のOtoshiらは、胸椎の後弯化と肩峰下インピンジメント症候群の発症リスクとの関係について、2144名を対象としたロコモティブ症候群の大規模研究LOHASのデータを用いて検証しました。

 

 その結果、肩峰下インピンジメント症候群のリスク因子には胸椎の後弯の増強と腰椎の前弯が減少が関与していることがわかりました。とくに胸椎の後弯化とともに腰椎の前弯が減少した場合にリスクが有意に高くなりました。

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Fig.5:Otoshi K, 2014より引用改変

 

 胸椎の後弯化の過度な増強は、腰椎の代償機能を破綻させ、腰椎のフラットバック化を招きます。このような過度な胸椎の後弯化になると肩甲骨の運動異常が生じ、肩峰下インピンジメントの発症リスクが高まるのです。

 

 また、ローマ大学のGuminaらによる放射線画像とCT画像を組み合わせた画像研究においても、胸椎の後弯が増強した場合、肩峰下スペースが有意に狭小化することも明らかになりました。(Gumina S, 2008)。

 

 これらの知見から、胸椎の後弯化は肩峰下スペースを減少させ、肩峰下インピンジメントを誘発させるリスク因子として特定されているのです。

 

 それでは、胸椎の後弯化は腱板損傷の発症リスクにも寄与するのでしょうか?



◆ 胸椎の後弯が強くなると腱板損傷のリスクが高まる

 

 群馬大学のYamamotoらは、2015年、不良姿勢が腱板損傷のリスク因子になることを初めて明らかにしました。

 

 379名(腱板損傷93名、腱板損傷なし286名)を対象に、被検者の姿勢をKendallの分類(正常、腰椎前弯の増強、腰椎のフラットバック、スウェイバック)に準じて分けました。Kendallの分類は、正常な姿勢以外は全て、胸椎の後弯の増強した不良姿勢を示しています(Kendall FP, 2005)。

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Fig.6:Yamamoto A, 2015より引用改変

 

 Kendallの分類における腱板損傷の有病率を見てみると、正常な姿勢の有病率はわずか2.9%であり、腱板損傷を有する被検者に正常姿勢が少ない(不良姿勢が多い)ことがわかりました。不良姿勢の有病率は、腰椎前弯の増強が65.8%、フラットバック54.3%、スウェイバック48.9%と高い割合を示しました。

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 Fig.7-1:Yamamoto A, 2015より引用改変

 

 さらに腱板損傷のリスク因子の分析では、オッズ比が腰椎前弯の増強、フラットバック、スウェイバックと不良姿勢のすべてが有意に高い値を示しました。

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Fig.7-2:Yamamoto A, 2015より引用改変

 

 これらの結果は、胸椎の後弯がともなう不良姿勢が腱板損傷のリスク因子であることを示唆しています。加齢などの退行変性により胸椎の後弯が増強し、腰椎の前弯の代償機構(腰椎の前弯の増強やフラットバック)が働くようになると、腱板損傷も生じやすくなるのです。



 2011年、バージニア大学のSeitzらは、腱板損傷の発症アルゴリズムを提唱しました。「腱板損傷は肩峰下スペースの狭小化による肩峰下インピンジメントに起因し、肩峰下インピンジメントは肩甲骨と上腕骨のキネマティクスの異常による」というものです。

腱板断裂(損傷)の発症アルゴリズムからリハビリを考えよう

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Fig.8:Seitz AL, 2011より引用改変

  

 胸椎のアライメント異常である「胸椎の後弯化」は、腰椎の代償機構が働くほど増悪すると、肩甲骨のキネマティクスの異常を生じさせ、肩峰下インピンジメントを誘発するとともに、腱板損傷の発症に寄与するリスク因子になるのです。

 

 この知見は、臨床における姿勢の評価の重要性を示しています。腱板損傷や肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)の評価を行う場合は、肩関節や肩甲骨の評価だけではなく、胸椎の後弯化や腰椎の前弯の減少を評価する必要があるでしょう。このような矢状面の脊椎アライメントの評価については別の機会に考察してみたいと思います。

 

 本ブログではここまで、Seitzらの腱板病変の発症アルゴリズムに準じて、生体力学因子を個別に考察してきました。

 

小胸筋の短縮

肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう

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胸椎のアライメント異常

肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう

 

 次回は、後方関節包のタイトネスや腱板機能不全といった肩甲骨、上腕骨のキネマティクスに関わる生体力学因子について考察してきましょう。

 

 

肩関節のしくみとリハビリテーション

肩リハビリ①:肩関節痛に対する適切な運動を導くためのアルゴリズム

肩リハビリ②:腱板断裂術後の再断裂のリスクが15倍になる指標とは?

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肩リハビリ⑤:肩甲骨の運動とその役割を正しく理解しよう

肩リハビリ⑥:肩甲骨のキネマティクスと小胸筋の関係を知っておこう

肩リハビリ⑦:新しい概念「Scapular dyskinesis」を知っておこう

肩リハビリ⑧:肩甲骨周囲筋の筋電図研究の不都合な真実 

肩リハビリ⑨:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 前編

肩リハビリ⑩:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 中編

肩リハビリ⑪:肩甲骨の運動異常(Scapular dyskinesis)を評価しよう 後編

肩リハビリ⑫:肩甲骨の運動パターンから肩甲骨周囲筋の筋活動を評価しよう

肩リハビリ⑬:肩甲骨のキネマティクスと姿勢との関係を知っておこう

肩リハビリ⑭:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 前編

肩リハビリ⑮:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 中編

肩リハビリ⑯:ヒトは投げるために肩を進化させてきた 後編

 

References

Le Huec JC, et al. Equilibrium of the human body and the gravity line: the basics. Eur Spine J. 2011 Sep;20 Suppl 5:558-63.

Barrey C, et al. Compensatory mechanisms contributing to keep the sagittal balance of the spine. Eur Spine J. 2013 Nov;22 Suppl 6:S834-41.

Finley MA, et al. Effect of sitting posture on 3-dimensional scapular kinematics measured by skin-mounted electromagnetic tracking sensors. Arch Phys Med Rehabil. 2003 Apr;84(4):563-8.

Gumina S, et al. Subacromial space in adult patients with thoracic  hyperkyphosis and in healthy volunteers. Chir Organi Mov (2008) 91:93–96

Otoshi K, et al. Association between kyphosis and subacromial impingement syndrome: LOHAS study. J Shoulder Elbow Surg. 2014 Dec;23(12):e300-7.

Yamamoto A, et al. The impact of faulty posture on rotator cuff tears with and without symptoms. J Shoulder Elbow Surg. 2015 Mar;24(3):446-52.

Kendall FP, McCreary EK, Provance PG, Rodgers MM, Romani WA. Muscles: testing and function, with posture and pain. Baltimore, MD: Lippincott Williams & Wilkins; 2005.

Seitz AL, et al. Mechanisms of rotator cuff tendinopathy: intrinsic, extrinsic, or both? Clin Biomech (Bristol, Avon). 2011 Jan;26(1):1-12.