あなたが社会的に成功したいのであれば、やるべきことは自己啓発本を読むことでしょうか?
この問に現代のスポーツ医学や神経科学はこう答えています。
「自己啓発本を読む前にやることがある」
「それは筋トレ、ダイエット、睡眠だ」
仕事で成果を出したり、勉強を効率よく学ぶために必要な能力が「認知機能」です。認知機能とは、記憶や思考、理解、計算、言語、判断といった知的能力のことをいいます。
これらの認知機能をベースにして、目的や計画を明確にし、行動するという「実行機能」や、多くの情報をまとめて処理する「ワーキングメモリー」、問題が起きても柔軟に対応する「認知の柔軟性」といった高次の認知機能が僕たちには備わっています。
現代の知識社会では、多くの情報をもとに適切に判断し、計画的に実行することが求められます。そのためのベースになるのが、これらの認知機能なのです。
そして、認知機能を高める方法として科学的根拠(エビデンス)が示されているのが「筋トレ、ダイエット、睡眠」です。
前回は、筋トレが認知機能を高める最新エビデンスをご紹介しました。
筋トレをすると脳の血流が増加し、覚醒が促されるとともに神経細胞の成長やシナプスのネットワークの構築に寄与するBDNF(脳由来神経栄養因子)の分泌が促進され、認知機能が高まります。
このようなメカニズムをもとに、筋トレをすると認知機能が高まるという効果がエビデンスレベルのもっとも高いメタアナリシスによって示唆されているのです。
✻メタアナリシスとは、これまでの研究結果を統計的手法により全体としてどのような傾向があるかを解析するエビデンスレベルがもっとも高い研究デザイン。
認知機能を高める自己啓発法は筋トレだけではありません。近年では、ダイエットして減量をすると認知機能が高まることがわかってきました。
今回は、ダイエットが認知機能を高める最新エビデンスと、そのメカニズムについて考察していきましょう。
Table of contents
◆ ダイエットすると頭が良くなる(認知機能が高まる)エビデンス
もし、あなたが太っていて自己啓発本を読んでいたら、現代の行動神経科学はこう言うでしょう。
「あなたがやるべきことは本を読むことではなく、ダイエットだ」
ダイエット(減量)が認知機能を高めるエビデンスが初めて示されたのが2011年に報告されたメタアナリシスです。
2011年、ナポリ大学のSiervoらは、これまでに報告された減量と認知機能との関連や影響を調査した12の研究結果をもとにメタアナリシスを行いました。
解析の結果、肥満(BMI30以上)の場合では、減量により実行機能、記憶の向上が認められました。また、太りすぎ(BMI25-30未満)の場合では、認知機能の向上を認めましたが、その効果の一貫性は低下しました。
これらの結果から、肥満に対するダイエットは、認知機能(実行機能、記憶)の向上に関連または寄与する可能性が示唆されたのです(Siervo M, 2011)。
しかし、Siervoのメタアナリシスでは、エビデンスレベルの高いランダム化比較試験(RCT)が2つしか含まれていないことが解析限界(limitation)として挙げられていました。
なぜなら、メタアナリシスはもととなる研究報告のエビデンスレベルに影響されるからです。もととなる研究報告のエビデンスレベルが低ければ、それらを集めて解析したメタアナリシスのエビデンスレベルも低くなります。そのため、メタアナリシスではRCTのようなエビデンスレベルが高い研究報告をもとに解析することが望まれます。
そこで、RCTの数を増やし、改めて減量と認知機能についてのメタアナリシスを行ったのがパドヴァ大学のVeroneseらです。
2017年、Veroneseらは、これまでに報告された7つのRCTと13の観察研究(縦断的研究)をもとにしたメタアナリシスを報告しました。
RCTの468名と縦断的研究の551名を合わせた1019名が対象者となりました。
RCTをまとめて解析した結果では、減量方法は主に食事療法であり、20週間(8〜48週間)で平均BMIが2.5減少し、減量による認知機能の改善効果は、注意力、記憶力、言語機能の改善効果が認めらました。
Fig.1:Veronese N, 2017より筆者作成
さらに、縦断的研究をまとめて解析した結果では、追跡期間が24週間(4〜144週間)でBMI7 kg/m2の有意な減少を示し、減量による認知機能の改善効果は、注意力、実行機能、記憶力の改善効果が認められました。
Fig.2:Veronese N, 2017より筆者作成
また、認知機能の改善効果は、ダイエットをはじめたとき(ベースライン)の体型(太りすぎや肥満)に関係なく認められることがわかりました。
これらの結果からVeroneseらは、ダイエットによる減量は認知機能における注意力や実行機能、記憶力、言語能力の向上に関連または寄与することが示唆されたと結論づけています。
しかしながら、解析のもととなった研究結果にネガティブなものが少ないことから出版バイアスの存在が否定できないこと、研究結果のバラツキ(異質性)が高く、もととなる研究報告の数(とくにRCT)を増やすべきことなどから、今後の再度のメタアナリシスによる検証が期待されます。
では、なぜダイエットをすると認知機能が高まるのでしょうか?
◆ ダイエットは慢性炎症とインスリン抵抗性を改善させる
Veroneseらは、ダイエットにより認知機能が高まる要因に「慢性炎症の改善」と「インスリン抵抗性の改善」を挙げています。
太ると頭が悪くなる(認知機能が低下する)可能性が示唆されています。その要因として考えられているのが「慢性炎症」です。
脂肪細胞が肥大化すると、それまで炎症を抑えていたM2マクロファージの働きが弱まり、炎症を促進するM1マクロファージの働きが強くなることがわかっています(Weisberg SP, 2003)。
M1マクロファージから分泌されるTNFαは、脂肪細胞からの飽和脂肪酸(FFA)の分泌を促進します。飽和脂肪酸はM1マクロ ファージの受容体であるTLR4に作用することによってM1マクロファージを活性化させます。このような悪循環が形成されることにより慢性的な炎症が生じるのです(Suganami T, 2007)。
慢性炎症が生じると、脂肪細胞から放出された炎症性サイトカインや遊離脂肪酸が脳に作用して、抑制コントロールをつかさどる前頭前野や記憶に関与する海馬などの神経回路を損傷することによって認知機能が低下することが示唆されているのです(Castanon N, 2014)。
これに対して、ダイエットをすると脂肪細胞の肥大化が改善されることにより、M2マクロファージの働きを改善させ、M1マクロファージの働きを弱めることによって慢性炎症の改善に寄与すると推測されています。
次にインスリン抵抗性の改善ですが、インスリンは食事で摂取されたグルコース(ブドウ糖)を筋肉や肝臓に取り込ませる役割を担っています。しかし、太るとインスリンによるグルコースの取り込み能力が低下してしまいます。これをインスリン抵抗性といいます。
『ダイエットするなら「太るメカニズム」を理解しよう!〜糖類編〜』
インスリンは筋肉や肝臓だけでなく、脳の神経へのグルコースの取り込みに作用しています。そのため、インスリン抵抗性が生じると、神経へのグルコースの取り込む能力も弱くなり、認知機能が低下することが示唆されています(Kullmann S, 2016)。
ダイエットによる減量は、このようなインスリン抵抗性を改善させることができます。このインスリン抵抗性の改善が認知機能の向上に寄与すると推察されているのです(Biessels GJ, 2015)。
このようにダイエットにより減量することは、慢性炎症やインスリン抵抗性の改善を促し、認知機能を改善させる可能性が示唆されているのです。
現代の認知神経科学は、ダイエットをすると認知機能が高まるエビデンスとメカニズムを明らかにしつつあります。
もし、あなたが太っているなら、自己啓発本を読むまえに、食生活を見直してダイエットをすることから始めてみても良いかもしれません。
余裕があれば筋トレもしましょう。さらに認知機能が高まるはずです。
ただ、そのためにはベースとなる「睡眠」をおろそかにしてはいけません。なぜなら、睡眠自体にも認知機能を高める効果がありますが、睡眠は筋トレやダイエットのパフォーマンスに影響するからです。
次回は、「睡眠が頭を良くする最新エビデンス」をご紹介しましょう。
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◇ こちらもセットで是非!
◆ ダイエットの科学シリーズ
シリーズ1:「朝食を食べないと太る」というのは都市伝説?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ2:ダイエットが続かないのは「寝不足」が原因?【最新エビデンス】
シリーズ3:テレビをつけたまま寝ると太る最新エビデンス
シリーズ4:コーヒーにはダイエット効果がある?【最新エビデンス】
シリーズ5:ダイエットするなら「太るメカニズム」を理解しよう!〜糖類編〜
シリーズ6:ダイエットするなら「太るメカニズム」を理解しよう!〜脂質編〜
シリーズ7:筋トレをして筋肉を増やせばダイエットできる説を検証しよう!
シリーズ8:ソイ・プロテインなどの大豆食品によるダイエット効果の最新エビデンス
シリーズ9:太ると頭が悪くなる?最新エビデンスを知っておこう!
シリーズ10:ダイエットをすると頭が良くなる最新エビデンス【科学的に正しい自己啓発法】
シリーズ11:ダイエットすると筋肉量や筋力が減ってしまう科学的根拠を知っておこう!
シリーズ12:筋肉を減らさない科学的に正しいダイエット方法を知っておこう!【食事編】
シリーズ13:筋肉を減らさずにダイエットするならタンパク質の摂取量を増やそう!
シリーズ14:ダイエットで食欲を抑えたいならタンパク質を摂取しよう!
シリーズ15:タンパク質が食欲を減らすメカニズムを知っておこう!
シリーズ16:寝不足がダイエットの邪魔をする!〜睡眠不足が食欲を高める最新エビデンス
シリーズ17:ダイエットは超加工食品を避けることからはじめよう!
シリーズ18:ダイエットするなら「太る炭水化物」と「やせる炭水化物」を見極めよう!
シリーズ19:ダイエットするなら「白米よりも玄米」を食べよう!
シリーズ20:ダイエットするなら「やせる野菜と果物」を食べよう!
◆ 参考文献
Siervo M, et al. Intentional Weight Loss in Overweight and Obese Individuals and Cognitive Function: A Systematic Review and Meta-Analysis. Obes Rev. 2011 Nov;12(11):968-83.
Veronese N, et al. Weight Loss Is Associated With Improvements in Cognitive Function Among Overweight and Obese People: A Systematic Review and Meta-Analysis. Neurosci Biobehav Rev. 2017 Jan;72:87-94.
Weisberg SP, et al. Obesity is associated with macrophage accumulation in adipose tissue. J Clin Invest. 2003 Dec;112(12):1796-808.
Suganami T, et al. Role of the Toll-like receptor 4/NF-kappaB pathway in saturated fatty acid-induced inflammatory changes in the interaction between adipocytes and macrophages. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2007 Jan;27(1):84-91.
Castanon N, et al. Neuropsychiatric comorbidity in obesity: role of inflammatory processes. Front Endocrinol (Lausanne). 2014 May 15;5:74
Kullmann S, et al. Brain Insulin Resistance at the Crossroads of Metabolic and Cognitive Disorders in Humans. Physiol Rev. 2016 Oct;96(4):1169-209.
Biessels GJ, et al. Hippocampal insulin resistance and cognitive dysfunction. Nat Rev Neurosci. 2015 Nov;16(11):660-71.