「筋トレは病気による死亡率を23%減少させ、がんによる死亡率を31%減少させる」
2018年、シドニー大学の大規模調査により、筋トレと病気よる死亡率との関係が明らかになりました。筋トレは筋肥大や筋力増強の効果だけでなく、血圧低下や糖尿病リスクの低下、グルコース代謝の改善などにより「病気に負けないカラダ」を僕たちに与えてくれるのです。
近年の公衆衛生学では、筋肉量や筋力と健康との関係を示した研究報告も増えており、以前のようにトレッドミルなどの特殊な機器を用いなくても、簡単な筋力測定によって、健康との関係を予測することができるようになりました。
その測定方法が「腕立て伏せ」と「握力」です。
今では、腕立て伏せ〇〇回以上で心臓病のリスクが低下し、握力が△△kg低下すると心臓病のリスクが高まることが明らかにされつつあるのです。
今回は、腕立て伏せや握力と心臓病のリスクの関係について、最近の研究報告をご紹介しましょう。
Table of contents
◆ 腕立て伏せ〇〇回以上で心臓病のリスクが低くなる!
健康診断に行くと、医師がこのような質問をしてきました。
「腕立て伏せは何回できますか?」
日頃からトレーニングをしている僕はこう答えました。
「40〜50回はできます」
すると、その医師はニコッと微笑んだのです。
2019年2月、ハーバード公衆衛生大学院のヤングらは、1,104名の活動的な男性消防士を対象に、2000年から2010年までの10年間に収集された健康関連のデータを分析しました。
被験者の平均年齢は39.6歳、体格指数(BMI)は28.7であり、最初の調査時に腕立て伏せの計測が行われました。
腕立て伏せは、毎分80拍のメトロノームに合わせて行われ、メトロノームの3拍より遅れた回数、あるいは疲労により実施困難になった回数を最大回数として計測されました。その後、1年ごとに健康診断や健康関連のアンケート調査を受けました。
これらのデータを分析した結果、驚くべきことがわかったのです。
ヤングらは腕立て伏せの回数に応じて、被験者を5つのグループに分類しました。
Fig1:Yang J, 2019より筆者作成
それぞれのグループの10年間に心臓病を発症するリスクを分析したところ、腕立て伏せが10回以下のグループと比較して、40回以上のグループは心臓病のリスクが96%低くなることがわかったのです。また、腕立て伏せの回数と心臓病のリスクは逆相関の関係にあり、腕立て伏せの回数が増えれば増えるほど、心臓病のリスクが低くなることが示唆されました。
さらに、心臓病の累積リスク(10年間に心臓病になるおおよその確率)を見てみると、腕立て伏せが11回以上行えた場合のリスクが5%であるのに対して、10回以下では15%に増加することがわかりました。腕立て伏せが10回以下だと、心臓病のリスクが高くなる可能性があるのです。
Fig.2:Yang J, 2019より筆者作成
ヤングらの研究結果をまとめておきましょう。
・腕立て伏せが40回以上行えると、10回以下のものよりも心臓病のリスクが96%低下する。
・腕立て伏せの回数が増えるほど、心臓病のリスクが低下する。
・腕立て伏せの回数が10回以下だと、心臓病の累積リスクは15%増加する。
注意点は、この研究の対象が活動的な男性であり、平均年齢が40歳前後であることです。そのため、この結果を高齢者や女性に一般化することは難しいので、参考程度にしておきましょう。今後、さまざまな対象者や、より大規模な検証が期待されます。
「腕立て伏せが40回以上で心臓病のリスクが低下する」
医師が微笑んだ理由が、ヤングらの研究結果にあったのかもしれませんね。
◆ 握力が△△kg低下すると心臓病のリスクが高くなる!
健康診断に行くと、医師がこのような質問をしてきました。
「去年と比べて、握力は変わりましたか?」
日頃からゴロゴロしている僕はこう答えました。
「5kgほど減ってしまいました」
すると、その医師の顔が曇ってしまったのです。
2018年、グラスゴー大学のセリス・モラレスらは、握力と心臓病などの病気の発症・死亡率の関係について調査した結果を報告しました。
イギリスには、UKバイオバンクという世界でもっとも大規模な健康関連のデータ・コレクションがあります。セリス・モラレスらは、このバイオバンクに登録されていた40歳以上の約50万人(男女50%)のデータをもとに、おおよそ7年間における握力と心臓病などの発症・死亡リスクを調査しました。
その結果、握力が5kg低下すると、心臓病の発症リスクは男性11%、女性15%増加し、死亡リスクは男性22%、女性19%も増加することが示唆されました。このような握力5kg以上の低下はと心臓病にとどまらず、呼吸器疾患やすべての癌および特定の癌(大腸がん、肺がん、乳がん、前立腺がん)の発症・死亡リスクとも同じように関係していました。
Fig.3:Celis-Morales CA, 2018より筆者作成
さらに、握力が男性26kg未満、女性16kg未満の場合は、それ以上の握力のものと比較して、心臓病の発症リスクが男性36%、女性30%増加し、死亡リスクが男性84%、女性44%増加することが示唆されています。また、心臓病にとどまらず、他の病気の発症・死亡リスクの増加にも関係していることがわかりました。
Fig.4:Celis-Morales CA, 2018より筆者作成
これらの握力と心臓病および他の病気の発症・死亡リスクとの関係は、年齢が若いほど強くなることも示唆されています。
セリス・モラレスらの研究結果をまとめておきましょう。
・握力が5kg低下すると、心臓病の発症リスクは男性11%・女性15%、死亡リスクは男性22%・女性19%も増加することが示唆されています。また、他の病気でも同様の関係が示されています。
・握力が男性26kg未満、女性16kg未満では、それ以上の握力のものと比較して、心臓病の発症リスクが男性30%・女性36%、死亡リスクが男性84%・女性44%増加することが示唆されています。また、他の病気でも同様の関係が示されています。
・握力と心臓病および他の病気の発症・死亡リスクとの関係は、年齢が若いほど強くなる。
この研究結果の注意点は、対象が40歳以上であるため、若年者に一般化することは難しいことです。しかし、年齢が若いほど握力の低下と病気の発症・死亡リスクが強くなるので、30代では意識したほうが良いかもしれません。
「握力が5kg低下すると心臓病のリスクが高くなる」
医師の顔が曇った理由が、セリス・モラレスらの研究結果にあったのかもしれませんね。
それでは、腕立て伏せをやってみましょう。
②メトロノームを80ビートに合わせます。
③腕立て伏せは1ビート、1回で行います。
④3ビート遅れたら終了です。
40回以上できないのであれば、今すぐジムへ行きましょう!
筋トレの重要なエビデンスをまとめた新刊です!
◆ 読んでおきたい記事
シリーズ①:筋肉を増やすための栄養摂取のメカニズムを理解しよう
シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう
シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう
シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ
シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう
シリーズ⑯:いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?
シリーズ⑰:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実
シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある
シリーズ㉑:筋トレの最適な負荷量を知っておこう(2017年8月版)
シリーズ㉒:筋トレが不安を解消するエビデンス
シリーズ㉓:筋肉量を維持しながらダイエットする方法論
シリーズ㉔:プロテインの摂取はトレーニング前と後のどちらが効果的?
シリーズ㉕:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由
シリーズ㉖:筋トレの効果を最大にするウォームアップの方法を知っておこう
シリーズ㉗:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間を知っておこう(2017年9月版)
シリーズ㉘:BCAAが筋肉痛を回復させるエビデンス
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シリーズ㉚:筋トレが睡眠の質を高める〜世界初のエビデンスが明らかに
シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
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シリーズ㉝:筋トレの効果を高める最新の3つの考え方〜Schoenfeld氏のインタビューより
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シリーズ㊱:筋トレが病気による死亡率を減少させる幸福な真実
シリーズ㊲:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え
シリーズ㊳:筋トレとアルコールの残酷な真実(続編)
シリーズ㊴:筋トレの効果を最大にする「関節を動かす範囲」について知っておこう
シリーズ㊵:筋トレが続かない理由〜ハーバード大学が明らかにした答えとは?
シリーズ㊶:筋トレと遺伝の本当の真実〜筋トレの効果は遺伝で決まる?
シリーズ㊷:エビデンスにもとづく筋肥大を最大化するための筋トレ・ガイドライン
シリーズ㊸:筋トレしてすぐの筋肥大は浮腫(むくみ)であるという残念な真実
シリーズ㊹:時間がないときにやるべき筋トレメニューとは〜その科学的根拠があきらかに
シリーズ㊺:筋トレの効果を最大にする新しいトレーニングプログラムの考え方を知っておこう
シリーズ㊻:筋トレは心臓も強くする〜最新のエビデンスが明らかに
シリーズ㊼:プロテインは骨をもろくする?〜最新の研究結果を知っておこう
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シリーズ57:筋トレ後にプロテインを飲んですぐに仰向けに寝てはいけない理由
シリーズ58:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか問題
シリーズ59:筋トレの効果を最大にする食品やプロテインの選ぶポイントを知っておこう
シリーズ60:ベンチプレスをするなら大胸筋損傷について知っておこう
シリーズ61:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう(2018年4月版)
シリーズ62:筋トレ後のタンパク質摂取に炭水化物(糖質)は必要ない?
シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
シリーズ64:筋トレの効果を最大にする「牛乳」の選び方を知っておこう
シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
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シリーズ71:筋トレで筋力増強の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
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シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
シリーズ80:筋トレの効果を最大にする週の頻度(週に何回?)の最新エビデンス
シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
シリーズ83:筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス
シリーズ84:筋トレのあとは風邪をひきやすくなる?〜最新エビデンスと対処法
シリーズ85:筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンス
シリーズ86:筋トレとグルタミンの最新エビデンス
シリーズ87:筋トレとアルギニンの最新エビデンス
シリーズ88:筋トレとシトルリンの最新エビデンス
シリーズ89:筋トレするなら知っておきたいサプリメントの最新エビデンスまとめ
シリーズ90:筋トレをするとモテる本当の理由
シリーズ91:高タンパク質は腎臓にダメージを与えない〜最新エビデンスが明らかに
シリーズ92:筋トレするなら知っておきたい食事のキホン〜ハーバード流の食事プレート
シリーズ93:筋トレを続ける技術〜マシュマロ・テストを攻略しよう
シリーズ94:スクワットのフォームの基本を知っておこう【スクワットの科学】
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シリーズ102:腕立て伏せの回数と握力から心臓病のリスクを知ろう!
シリーズ103:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ104:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!【最新エビデンス】
◆ 参考論文
Stamatakis E, et al. Does Strength-Promoting Exercise Confer Unique Health Benefits? A Pooled Analysis of Data on 11 Population Cohorts With All-Cause, Cancer, and Cardiovascular Mortality Endpoints. Am J Epidemiol. 2018 May 1;187(5):1102-1112.
Yang J, et al. Association Between Push-up Exercise Capacity and Future Cardiovascular Events Among Active Adult Men. JAMA Netw Open. 2019 Feb 1;2(2):e188341.
Celis-Morales CA, et al. Associations of grip strength with cardiovascular, respiratory, and cancer outcomes and all cause mortality: prospective cohort study of half a million UK Biobank participants. BMJ. 2018 May 8;361:k1651.