多くのメディアやブログでは、スクワットの「正しい」フォームについてさまざまに論じられていますが、著名なトレーナーであるMark Rippetoe氏は著書「Starting Strength」でスクワットのフォームの基本についてこう述べています。
「フォームの基本は、重心がミッドフット上に位置していることである」
さらに、こう続けます。
「バーベルの位置によってスクワットのフォームは異なる」
なぜバーベルの位置によってフォームが異なるのかというと、バーベルの位置(≒重心)をミッドフット上に保持させながらスクワットを行うためには、体幹や股関節、膝関節といった各関節の角度を変える必要があるからです。
僕たちがよく行うバックスクワットには、ハイ・バー(High bar)とロー・バー(Low bar)のふたつの方法があります。
ハイ・バーのスクワットでは、バーベルが高いところ(第7頚椎)に位置します。そのため、ボトム姿勢でバーベルをミッドフット上に位置させるためには、上体を起こし、股関節の角度を浅くし、膝関節を深く曲げ、膝はつま先よりも前方に移動させ、足関節も深く曲げるフォームとなります。
これに対して、ロー・バーのスクワットでは、バーベルが低いところ(肩甲骨)に位置するため、上体を深く倒し、股関節も深く曲げ、膝はつま先を超えず、膝関節と足関節の曲がる角度が浅くなるフォームになります。
このように、バーベルをミッドフット上に位置させることを基本にすると、バーベルの位置を変えることによって、スクワットの各関節の角度が変わり、フォームが変わることがわかります。
『スクワットのフォームの基本を知っておこう【スクワットの科学】』
そして、フォームが変わると「筋活動」も変わるのです。
今回は、スクワットのフォームと筋活動の関係について「Starting Strength」を参考にしながら、近年の研究報告をご紹介しましょう。
Table of contents
◆ なぜ重心がミッドフット上に位置することが重要なのか?
バーベルを床と垂直に保つようにもっているところをイメージしてみましょう。
このときは安定してバーベルを立たせることができます。バーベルの重心が床と接する点の上に位置していることから、わずかな力で支えていれば安定して立たせることができます。
ここで、バーベルを少し倒してみましょう。
するとバーベルが倒れないように力を入れて支えなければならなくなります。これはバーベルの重心が床との接点から離れてしまい、バーベルに倒れる力が生じるためです。
それでは、さらにバーベルを倒してみましょう。
今度は、大きな力でバーベルを支えなければなりません。なぜなら、バーベルの重心と床との接点の距離が離れ、バーベルの倒れる力が大きくなるからです。
そこで、バーに取り付けた重りをもっと重くしてみましょう。
こうなると必死に力を入れて支えないとバーベルが倒れてしまいます。なぜなら、バーに取り付けた重りが増えたことによって、バーベルの倒れる力がさらに大きくなるからです。
ここからわかることは、バーベルの重心が床との接点上に位置するときは安定して立たせることができますが、重心が床との接点から離れれば離れるほど、バーベルの倒れる力は大きくなり、それを支えるための力が必要になるということです。また、取り付けた重りが重くなるほど、バーベルの倒れる力も大きくなることがわかります。
では、この原理をスクワットに当てはめてみましょう。
スクワットを行うときの重心はバーベルの位置としてとらえます。床との接点は、足部の中央であるミッドフットになります。バーベルの位置をミッドフットの前に移動させると、バーベルが倒れそうになるのと同じように、身体が前方に倒れそうになります。そのため、倒れる力に抗するために、無駄な筋活動が必要になります。また、バーベルの重さが重くなるほど、倒れる力が大きくなるため、無駄な筋活動がさらに増えることになります。これでは無駄にエネルギーを消費することとなり、疲労しやすく、重い重量を扱うことができない非効率的なスクワットになってしまうのです。
これが、スクワットのフォームにおいて「重心がミッドフット上に位置することが重要である」とRippetoe氏が述べる理由です。
そしてもうひとつ、この原理は、筋トレをするなら知っておきたい「大事な考え方」を教えてくれます。
バーベルが倒れる力は、バーベルの重心と床との接点の距離が離れれば離れるほど大きくなることがわかりました。また、バーベルに取り付けた重さが大きくなるほど、倒れる力も大きくなります。
生体力学では、バーベルが倒れる力(回転する力)のことを「モーメント」といい、モーメントは重心と支点(床との接点)との距離が長くなればなるほど大きくなります。この距離のことをモーメントアームといいます。さらに、モーメントは重心の重さが重くなるほど大きくなります。そして、バーベルが倒れる力(モーメント)を支えるための力が「筋活動」になります。
つまり、筋活動はバーベルが倒れる力であるモーメントと同等であり、バーベルの重さが一定であれば、筋活動は「モーメントアームの長さ」によって規定されるということになります。
筋活動=モーメントの大きさ=モーメントアームの長さ(バーバルの重さは一定)
少しわかりづらいので、スクワットの筋活動を見ながら、生体力学の考え方を深めていきましょう。
◆ スクワットのフォームによって筋活動が異なる理由
Rippetoe氏は「ロー・バーのスクワットはヒップドライブ(Hip drive)を高めることができる」といいます。ヒップドライブとは、背筋や大殿筋、ハムストリングスといった身体の後ろ側に連結している筋肉の活動を指しており、ロー・バーのスクワットは、これらの筋活動を高める最適な方法であるとしています。また、「ハイ・バーのスクワットは大腿四頭筋の筋活動を高める」といいます。
それでは、スクワットの方法によって筋活動が異なる理由を生体力学の考え方から紐解いてみましょう。
まずは、ハイ・バーとロー・バーの股関節のモーメントアームの長さの違いを見てみましょう。
ハイ・バーではバーベルの位置が高いため、体幹の前傾が浅くなり、股関節を曲げる角度も浅くなります。そのため、股関節の位置とバーベルからの垂線との距離であるモーメントアームが短くなります。これに対して、ロー・バーでは、バーベルの位置が低いため、体幹の前傾が深くなり、股関節を曲げる角度も深くなります。これにより、股関節のモーメントアームが長くなります。
モーメントアームの長さは、モーメントの大きさをあらわすため、この場合はハイ・バーよりもロー・バーのほうが股関節を支点としたモーメントが大きくなることがわかります。
モーメントの大きさは、それに抗するための筋活動の大きさを示すため、体幹を伸ばすための背筋(脊柱起立筋など)や股関節を伸ばすための大殿筋の筋活動が大きくなることが推測できます。
つまり、ロー・バーのスクワットは、ハイ・バーよりも背筋や大殿筋の筋活動を効果的に高めることができるのです。これが「ロー・バーのスクワットはヒップドライブを高めることができる」とRippetoe氏がいう理由です。
つぎに、膝関節のモーメントアームを見てみましょう。
ハイ・バーでは体幹の前傾が浅いために、膝関節を支点としたモーメントアームが長くなります。これに対して、ロー・バーでは、体幹の前傾が深くなり、バーベルの位置が膝関節に近づくため、モーメントアームが短くなります。
モーメントアームの長さは、モーメントの大きさをあらわすため、ハイ・バーはロー・バーよりも膝関節を支点としたモーメントが大きくなることがわかります。
そして、モーメントの大きさはそれに抗する筋活動の大きさを示すため、膝関節を伸ばそうとする大腿四頭筋の筋活動はロー・バーよりもハイ・バーのほうが大きくなります。
つまり、ハイ・バーのスクワットはロー・バーよりも大腿四頭筋の筋活動を効果的に高めることができるのです。これが「大腿四頭筋の活動を高めたいならハイ・バーのスクワットをしよう」とRippetoe氏がいう理由です。
ここまでは、モーメントから筋活動を推測してきましたが、スクワットの筋活動をまとめた研究報告においても同様の結果が示唆されています。
2017年、オークランド工科大学のGlassbrookらは、ハイ・バーとロー・バーのスクワットにおける筋活動について、これまでに報告された研究結果をまとめたレビューを報告しました。その結果、ロー・バーでは腰部脊柱起立筋、大殿筋、内転筋の筋活動が高まる傾向にあり、ハイ・バーでは大腿四頭筋の筋活動を特異的に高められることを示唆しています(Glassbrook DJ, 2017)。
このように、バーベル(≒重心)をミッドフット上に位置させることを基本として、バーベルの位置(ハイ・バーまたはロー・バー)を変えると、各関節の角度が変わり、モーメントアームの長さが変わるため、モーメントの大きさが変わり、発揮される筋活動が変わるのです。
このメカニズムを知ることにより、大殿筋の筋活動を高めたいときにはロー・バーを、大腿四頭筋の筋活動を高めたいときにはハイ・バーを選択すべき理由がわかります。また、それぞれの正しいフォームについて、なぜこのような関節の角度になるのかが理解できます。
さらに、痛みがある場合の対処方法を知ることができます。
例えば、大腿四頭筋の腱である膝蓋腱に炎症や痛みがあるときは、ハイ・バーからロー・バーに変えることにより、膝関節に生じるモーメントを小さくすることで大腿四頭筋にかかる負担を少なくすることができます。また、腰痛がある場合は、ロー・バーからハイ・バーに変更することによって腰部の背筋の負担を減らすことができます。もちろん重量を減らすこともモーメントの減少につながるため有効です。
このような生体力学の観点から、重心をミッドフット上に位置させることを基本として、そのときの目的や体調に合わせてスクワットのフォームをデザインすることが、いわゆる「正しい」フォームにつながるのです。
◇ スクワットの科学
『スクワットの効果を最大にするスタンス幅と足部の向きを知っておこう』
◇ 参考書籍
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◆ 参考論文
Glassbrook DJ, et al. A Review of the Biomechanical Differences Between the High-Bar and Low-Bar Back-Squat. J Strength Cond Res. 2017 Sep;31(9):2618-2634.