「運動する前の静的ストレッチングは、運動のパフォーマンスを低下させる」
2006年、欧州スポーツ医学会が発表した公式声明(ステートメント)がスポーツ業界を震撼させました。
ストレッチングには怪我を予防する科学的根拠(エビデンス)が示されています(McHugh MP, 2010)。そのため、運動する前には「しっかりとストレッチングをしよう」というのがこれまでの常識でした。
しかし、怪我を予防するためのストレッチングが、じつは運動のパフォーマンスを低下させるということを欧州スポーツ医学会が公式に認めたのです。
さらに、2010年にはアメリカスポーツ医学会も同様の公式声明を発表し、今では「運動の前にストレッチングはしてはいけない」というのが世界の常識となっています。
これはスポーツだけでなく、筋トレでも同じです。
筋トレの前にストレッチングをするとトレーニングのパフォーマンスを低下させることが示唆されています。パフォーマンスの低下は、トレーニング効果の減少を意味します。つまり、筋トレの前にストレッチングをするとトレーニングの効果を減少させる可能性があるのです。
『筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由』
では、ストレッチングによる怪我の予防効果を無視してよいのかというと、そうではありません。できれば筋トレの効果を減少させずに、怪我も予防したいですよね。
そこで議論されているのが「トレーニングのパフォーマンスを低下させないストレッチングの方法論」です。
これまでには「30秒以内」のストレッチングであれば筋トレの効果を減少させずにケガ予防の効果が得られることが示唆されてきました(Kay AD, 2012)。
そして、2019年に報告された最新レビューでは、筋トレの効果を減少させずに怪我を予防するための新たなストレッチングの方法論が提唱されています。
今回は、この最新レビューをもとに、筋トレの効果を減少させないストレッチングの方法論についてご紹介しましょう。
*ストレッチングには静的、動的などありますが、この記事ではすべて静的ストレッチングの影響についてご紹介しています。
目次
◆ ストレッチングは筋トレのパフォーマンスを低下させる
◆ パフォーマンスを低下させないストレッチングの方法論
◆ パフォーマンスを低下させないもうひとつの方法論
◆ 怪我を予防しながら、パフォーマンスも高めよう!(まとめ)
◆ 参考文献
◆ ストレッチングは筋トレのパフォーマンスを低下させる
筋トレによる筋肥大の効果は「トレーニングの総負荷量」で決まります。
総負荷量とは、トレーニングの強度(重量)と回数、セット数をかけ合わせたものです。
筋肥大の効果 = トレーニングの総負荷量 = 強度(重量)× 回数 × セット数
そのため、高強度なトレーニングだけでなく、低強度トレーニングでも同じように総負荷量を高めれば同等の筋肥大の効果を得られることが示唆されています。
例えば、20kgのバーベルを10回、3セット行うと総負荷量は600kgになります。これに対してもっと軽い10kgのバーベルを20回、3セット行っても総負荷量は600kgになります。この場合、総負荷量が同じになるので、筋肥大の効果も同等になるのです。
これが筋肥大の効果は、トレーニングの総負荷量で決まるといわれる理由です。
『筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる』
筋肥大の効果を最大化させるためには、この総負荷量をいかに高めるかがポイントになるのです。
しかし、筋トレの前に静的ストレッチングをするとトレーニングの総負荷量が減少してしまうことが報告されています。
2017年、カンピナス州立大学のJuniorらは、ストレッチングがトレーニングの総負荷量と筋肥大の効果に与える影響について検証しました。
被験者は筋トレの前にストレッチングを行うグループと行わないグループに分けられ、週2回のトレーニングを10週間継続し、トレーニングの回数と総負荷量、筋肥大の効果を検証しました。
その結果、ストレッチングを行ったグループは、運動回数、総負荷量ともに有意な減少を示しました。
Fig.1:Junior RM, 2017より筆者作成
また、外側広筋の筋肥大を示す筋断面積は、トレーニングのみのグループは12.7%増加したのに対して、ストレッチングを行ったグループは7.2%の増加に留まりました。
Fig.2:Junior RM, 2017より筆者作成
このような研究結果はサンパウロ大学のBarrosoらも報告しており、筋トレ前のストレッチングは筋トレの効果を減少させることが示唆されているのです。
さらに、2019年ではストレッチングによる筋電図学的な分析も行われています。
テキサス工科大学のPalmerらは、20代の被験者を集めてハムストリングスに対する120秒間のストレッチングが筋力の発生速度(RTD)に与える影響について検証しました。
その結果、ストレッチング前後の筋力の発生速度は有意に減少することがわかりました。
Fig.3:Palmer TB, 2019より筆者作成
筋力の発生速度は瞬発的な筋力の発生状況を示しており、この結果はトレーニングのパフォーマンスの減少を意味しています(Palmer TB, 2019)。
また、この結果を支持するように、ニューファンドランドメモリアル大学のCaldwellらは、ハムストリングスに対するストレッチングによる筋力および瞬発的なジャンプパフォーマンスに与える影響を調査しました。
その結果、ストレッチングされた側の最大筋力が減少するだけでなく、対側の筋力の減少も認めました。またジャンプパフォーマンスも低下することがわかりました(Caldwell SL, 2019)。
これらの結果から、2019年の現在でも筋トレ前のストレッチングはトレーニングパフォーマンスを低下させることが依然として示されているのす。
しかしながら、それでも筋トレの前にストレッチングすることによる怪我の予防効果や、心理的な気持ち良さなどのポジティブな効果も捨てがたいでしょう。
そこで議論されているのがトレーニングのパフォーマンスを低下させないストレッチングの方法論であり、最近では「2つのポイント」が提唱されています。
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シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
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