筋トレでぽっちゃりしたお腹をムキムキのシックスパックにしたい!
たるんだお腹を見ながら、こう思って筋トレに励む方もいるでしょう。
しかし、現実はそんなに甘くはありません。
近年、太っている方には残念な研究結果がスポーツ科学のトピックスになっているのです。
「太っていると筋肉が増えにくく、筋トレしても効果が低くなる」
今回は、太ると筋トレの効果が減ってしまうという最新の研究報告をご紹介しましょう。
Table of contents
◆ 太ると筋タンパク質の合成反応が低下する
筋肉のもとである筋タンパク質はいつも合成と分解を繰り返しています。僕たちの筋肉量が維持されているのは筋タンパク質の合成される量と分解される量がつり合っているからです。
筋タンパク質の合成量は食事(タンパク質)を摂ると大きく増加します。その後、空腹になると分解量が増加します。この合成量と分解量が等しいことによって筋肉量が維持されているのです。
筋タンパク質の合成量は、3食の食事を摂るたびに増加します。ここで朝食を抜いてみましょう。すると、1日のトータルの筋タンパク質の合成量は減り、分解量を下回ることによって筋肉量が減る可能性が生じます。
そのため、しっかりと朝食(タンパク質)を摂取して、1日の筋タンパク質の合成量と分解量を同等にすることが筋肉量を減少させないポイントになるのです。
『筋肉量を維持したければ3食でしっかりとタンパク質を摂取しよう!』
しかし、太ると筋タンパク質の合成反応にある変化が生じてしまうことが報告されました。
「太ると筋タンパク質が合成されにくくなる」
2016年、イリノイ大学のBealsらは、普段から座りがちな20代の男女を集めて、体格指数(BMI)をもとに正常体型(BMI:22-23)、太り気味(BMI:26-27)、肥満(BMI:34-37)の3つのグループに分けました。
被験者は、グリルした豚ロース肉(タンパク質36g)を摂取し、摂取後から5時間までの筋タンパク質の合成率が計測されました。
その結果、3つのグループにおいて、正常体型のみで筋タンパク質の合成率の有意な増加が認められました。
Fig.1:Beals JW, 2016より筆者作成
これらの結果から、太り気味や肥満では、正常な体型に比べてタンパク質摂取による筋タンパク質の合成反応が低下し、合成量が少なくなることが示唆されたのです。
しかし、これに反対の研究結果も報告されています。
2019年、マーストリヒト大学病院のKouwらは、活動的(>1日7000歩)な40代の男女を集めて、BMIをもとに正常体型(BMI:23-24)と肥満(BMI:37-38)のグループに分けました。
被験者は、ホエイプロテイン25gを摂取し、摂取後5時間での筋タンパク質の合成率が計測されました。
その結果、2つのグループにおいて摂取後5時間での筋タンパク質の合成率の増加に有意な差は認められませんでした。
Fig.2:Kouw IWK, 2019より筆者作成
Bealsらの報告では、太るとタンパク質を摂取しても筋タンパク質の合成反応が低下することが示唆されましたが、Kouwらの報告では、太っても筋タンパク質の合成作用は変わらないことが示唆されたのです。
なぜ、このような異なる結果が生じたのでしょうか?
この問に対して、2019年に報告された肥満と筋タンパク質の合成反応についてまとめたレビューでは、「被験者の活動性」にその要因があると推察されています。
Bealsらの報告では、普段から座りがちな活動性の低い被験者が対象となっていましたが、Kouwらの報告では、1日7000歩以上も歩く活動性の高い被験者が対象となっていました。
習慣的な運動は筋肉の合成反応を高めます。そのため、活動性が高い被験者を対象としたKouwらの報告では肥満であっても正常な体型と同じようにタンパク質摂取による筋タンパク質の合成率の増加が得られたと推察されています。
反対に、運動習慣のない活動性の低い場合、太ると筋タンパク質の合成反応が低下する可能性があるのです。
では、太ると筋トレしても筋タンパク質の合成反応は低くなるのでしょうか?
◆ 太ると筋トレによる筋タンパク質の合成反応も低下する
筋肉のもととなる筋タンパク質は、食事(タンパク質)を摂取すると合成量が増加し、空腹になると分解量が増加し、合成量と分解量がつり合っていることで筋肉量が維持されています。
では、筋肉量を増やしたいときはどうすれば良いのでしょうか?
もちろん、その答えは「筋トレとタンパク質の摂取」です。
筋トレを疲労困憊まですると、少なくとも24時間は筋タンパク質の合成感度が上昇します。その24時間で十分なタンパク質を摂取すると、筋タンパク質の合成量が大きく増加し、筋肥大が生じるのです。
これが、筋肉を増やしたいなら「筋トレしてタンパク質を摂取しよう」といわれる理由です。
しかしながら、太っていると筋トレ後のタンパク質の摂取による筋タンパク質の合成反応を低下させる可能性が報告されているのです。
これを報告したのもイリノイ大学のBealsらです。
2018年、Bealsらは筋トレ経験がなく、普段から座りがちな20代の男女を集めて、BMIにもとづいて正常な体型(BMI:21-23)と肥満(BMI:34-38)の2つのグループに分けました。
被験者は、レッグエクステンションを最大筋力の70%の中強度で10-12回、4セットを疲労困憊まで行いました。トレーニング後、豚ロース肉(タンパク質36g)を摂取し、その5時間後の筋タンパク質の合成率が計測されました。
その結果、両グループともに筋タンパク質の合成率の増加を示しましたが、正常な体型グループは肥満のグループよりも有意な増加を示しました。
Fig.3:Beals JW, 2018より筆者作成
この結果から、肥満では筋トレ後のタンパク質摂取による筋タンパク質の合成反応が低下することが示唆されたのです。
いつもゴロゴロして活動性が低い肥満では、タンパク質を摂取しても筋タンパク質の合成反応が低下するだけでなく、一念発起して筋トレをしても筋肥大のための筋タンパク質の合成反応も低下することが示唆されているのです。
では、なぜ太ると筋タンパク質の合成反応が低下してしまうのでしょうか?
◆ 太ると筋タンパク質の合成反応が低下するメカニズム
2019年に肥満と筋タンパク質の合成反応についてまとめたレビューを報告したBealsらは、その要因として「インスリン抵抗性」と「慢性炎症」を挙げています。
僕たちが糖分の多い食品を食べても、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンが血液中の糖(血糖)を細胞に取り込んでくれるため、血液中の糖の濃度(血糖値)は一定に保たれます。
しかし肥満になると糖の取り込みに関わるGLUT4の機能が低下し、インスリンによって糖を細胞内に取り込みにくくなってしまいます。これをインスリン抵抗性といいます。
インスリンは筋肉の毛細血管を広げる役割も担っています。筋トレ後にタンパク質を摂取し、消化されたアミノ酸を筋細胞に届けるためにはインスリンによる毛細血管の拡張が寄与します(Gavin TP, 2005)。しかしながらインスリン抵抗性が生じ、感受性が低下すると毛細血管が減少し、アミノ酸を筋細胞に届けづらくなることによって筋タンパク質の合成反応が低下するとBealsらは推察しています。
また、肥満になると内臓脂肪が増加し、抗炎症作用をもつマクロファージの活動性が低下することによって慢性的な炎症が生じます。慢性炎症は糖尿病や脂質異常症などの代謝異常の原因とされています。
慢性炎症は炎症性サイトカインを生成することによって、筋タンパク質の合成を促すタンパク質キナーゼ(mTOR)を抑制し、筋タンパク質の分解を促すユビキチン・プロテアソーム経路(UPP)を活性化させることが報告されています(Xia Z, 2017)。このような炎症性サイトカインの作用が筋タンパク質の合成反応の低下に寄与しているとBealsらは推察しています。
では、肥満であっても効果的に筋タンパク質の合成量を増加させるためにはどうしたらよいのでしょうか?
そこで推奨されているのが「コンカレント・トレーニング」です。
ジョギングなどの有酸素運動にはグリコーゲンの代謝を促進することによってインスリン抵抗性を改善させる効果が示唆されています。
また有酸素運動は慢性炎症の原因である内臓脂肪の減少を促し、炎症性サイトカインの発生を防ぐことが示されています。さらに有酸素運動により炎症性サイトカインを抑制することで、筋タンパク質の分解に関与するUPPの活動を抑制することが明らかになっています。
『いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?』
このような効果をもつ有酸素運動と筋トレを一緒に行うコンカレント・トレーニングによって、インスリン抵抗性や慢性炎症を改善させながら、筋トレによる筋タンパク質の合成反応性を高められる可能性があるとBealsらは述べています。
このように近年の研究報告によって「太っていると筋肉が増えにくく、筋トレしても効果が低くなる」ことが示唆されているのです。
しかしながら、同じ研究グループからの報告が多いこと、縦断的な検証が行われていないこと、メカニズムの解明が不十分であること、エビデンスレベルの高いメタアナリシスなどが行われていないことから、今後のさらなる検証が必要です。現時点では、太ると筋トレの効果が減少する可能性があるという認識にとどめておくべきでしょう。
ただ、コンカレント・トレーニングはインスリン抵抗性や慢性炎症の改善だけでなく、体重の減量にも有効です。ぽっちゃりお腹が気になる方は、まずは有酸素運動と筋トレを合わせて行ってみるのも良いかもしれませんね。個人的には高強度インターバルトレーニング(HIIT)もオススメですが、その話は別の機会にしましょう。
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シリーズ㉚:筋トレが睡眠の質を高める〜世界初のエビデンスが明らかに
シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
シリーズ㉜:HMBが筋トレの効果を高める理由~国際スポーツ栄養学会のガイドラインから最新のエビデンスまで
シリーズ㉝:筋トレの効果を高める最新の3つの考え方〜Schoenfeld氏のインタビューより
シリーズ㉞:筋トレによって脳が変わる〜最新のメカニズムが明らかに
シリーズ㉟:ホエイプロテインは食欲を抑える〜最新のエビデンスを知っておこう
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シリーズ56:筋トレを続ける技術〜意志力をマネジメントしよう
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シリーズ58:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか問題
シリーズ59:筋トレの効果を最大にする食品やプロテインの選ぶポイントを知っておこう
シリーズ60:ベンチプレスをするなら大胸筋損傷について知っておこう
シリーズ61:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう(2018年4月版)
シリーズ62:筋トレ後のタンパク質摂取に炭水化物(糖質)は必要ない?
シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
シリーズ64:筋トレの効果を最大にする「牛乳」の選び方を知っておこう
シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
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シリーズ67:筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス
シリーズ68:筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っていこう
シリーズ69:筋トレで疲労困憊まで追い込んではいけない理由(筋力増強編)
シリーズ70:筋トレで筋肥大の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ71:筋トレで筋力増強の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ72:ネガティブトレーニングは筋肥大に効果的なのか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
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シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
シリーズ83:筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス
シリーズ84:筋トレのあとは風邪をひきやすくなる?〜最新エビデンスと対処法
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シリーズ86:筋トレとグルタミンの最新エビデンス
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◆ 参考文献
Biolo G, et al. Increased rates of muscle protein turnover and amino acid transport after resistance exercise in humans. Am J Physiol. 1995 Mar;268(3 Pt 1):E514-20.
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Kouw IWK, et al. Basal and Postprandial Myofibrillar Protein Synthesis Rates Do Not Differ between Lean and Obese Middle-Aged Men. J Nutr. 2019 Sep 1;149(9):1533-1542.
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Gavin TP, et al. Lower capillary density but no difference in VEGF expression in obese vs. lean young skeletal muscle in humans. J Appl Physiol (1985). 2005 Jan;98(1):315-21.
Wåhlin-Larsson B, et al. Mechanistic Links Underlying the Impact of C-Reactive Protein on Muscle Mass in Elderly. Cell Physiol Biochem. 2017;44(1):267-278.
Xia Z, et al. Targeting Inflammation and Downstream Protein Metabolism in Sarcopenia: A Brief Up-Dated Description of Concurrent Exercise and Leucine-Based Multimodal Intervention. Front Physiol. 2017 Jun 22;8:434.