2014年2月、私たちにとって、あまりにも残酷な事実が公表されました。
「トレーニング後のアルコール摂取は筋肥大の効果を減少させる」
トレーニング後のアルコール摂取は格別な幸福を与えてくれます。厳しく、辛い自分との戦いを終えたあとに、最大の安らぎを与えてくれるのがアルコールなのです。事実、スポーツ選手の多くがアルコールを好んで摂取しています(O'Brien KS, 2007)。
しかし、現代のスポーツ医学では、トレーニング後のアルコール摂取はトレーニング効果を3割も減少させると言います。
今回は、この残酷な事実を示した研究報告とともに、近年、明らかになった新たな事実をご紹介したいと思います。残酷な世界から目を背けてはいけません。
Table of contents
◆ 筋トレ後のアルコール摂取は筋タンパク質の合成作用を減少させる
これまでにもトレーニング後のアルコール摂取が筋肉の回復を遅延させるという知見が多くの研究者によって報告されていました。
2010年、ニュージランド・マッセイ大学のBarnesらは、トレーニング後のアルコール摂取が遠心性収縮トレーニングによって生じた筋肉の微細損傷の回復を妨げることが明らかにしています。
しかし、トレーニング後のアルコール摂取が筋肥大の効果を妨げるという直接的な根拠は示されていませんでした。
筋肉量は、筋肉のもととなる筋タンパク質の合成と分解のバランスによって決まります。私たちの筋肉量が保たれているのは、筋タンパク質の合成量と分解量のバランスがとれているからです。トレーニングにより筋肥大が起こるのは、筋タンパク質の合成量が分解量を上回るからなのです。
2000年代に入り、この筋タンパク質の合成・分解作用を測定する技術が確立されると、これまでの筋トレの常識を一新する多くの知見が報告されるようになりました。
そして2014年、オーストラリア・RMIT大学のParrらによって衝撃な事実が報告されたのです。
Parrらは、筋タンパク質を測定する技術を用いて、トレーニング後のアルコール摂取が筋タンパク質の合成作用に与える影響を調査しました。
週に3回程度のトレーニングを行っている20代の被験者を対象に、トレーニング直後にプロテインのみを摂取するグループ、アルコールとプロテインを摂取するグループ、アルコールと炭水化物を摂取するグループに分け、トレーニング後2時間と8時間の筋タンパク質の合成率を計測しました。アルコールはウォッカのオレンジジュース割りです。
Fig.1:Parr EB, 2014より筆者作成
その結果、プロテインのみを摂取したグループの筋タンパク質の合成率に比べて、アルコールを摂取した2つのグループの合成率は有意な低下を示しました。アルコールとプロテインを摂取したグループは24%、アルコールと炭水化物を摂取したグループは37%もの合成率の低下を示したのです。
Fig.2:Parr EB, 2014より筆者作成
これらの結果から、Parrらは、トレーニング後のアルコール摂取は筋タンパク質の合成作用を妨げる働きがあり、トレーニング効果を損なう可能性を示唆しました。また、この知見をスポーツ選手だけでなく、トレーナーに提供することによって、アルコールの摂取を制限するべきだと警鈴を鳴らしています(Parr EB, 2014)。
しかし、話はこれで終わりません。
現在では、トレーニング後のアルコール摂取が筋肥大の効果を妨げるメカニズムまで明らかにされつつあるのです。
◆ 筋トレ後にアルコールを摂取してはいけない理由(メカニズム)
2015年になるとペンシルバニア州立大学のSteinerらは、アルコール摂取が筋タンパク質に与える影響について分子生物学的な側面から考察したレビューを報告しました。
筋タンパク質は、合成作用を促すタンパク質キナーゼ(mTOR)と分解作用を促すユビキチン・プロテアソーム経路(UPP)によって制御されています。
トレーニングやタンパク質の摂取は、mTORを活性化させることで筋タンパク質の合成作用を高め、筋肥大を生じさせます。
Steinerらは、動物研究やヒトの分子生物学研究の知見から、アルコール摂取が筋タンパク質の合成作用を妨げる原因が「mTORの活動性の低下」にあると結論づけました。しかし、アルコール摂取によるUUPの活動性に対する作用を断定するまでには至らなかったとのことです(Steiner JL, 2015)。
トレーニング後のアルコール摂取は、トレーニングやタンパク質の摂取により活性化するmTORの活動性を減弱させることによって、筋タンパク質の合成作用を低下させるのです。
話はまだ続きます。
2016年になるとオーストラリア・カトリック大学のSmilesらはトレーニング後のアルコール摂取がオートファジーに与える影響について検証しました。
オートファジーは「自食作用」とも呼ばれ、細胞内に必要以上のタンパク質の蓄積を防いだり、タンパク質のリサイクルを行うことで生体の恒常性を維持する仕組みです。
Smilesらは、このオートファジーがトレーニング後のアルコール摂取によって影響を受けると仮説を立てたのです。
トレーニング後にアルコール摂取をした被験者から筋細胞を抽出し、分析を行った結果、Smilesらの仮説どおり、オートファジーの活動性が変化していることがわかりました。そして筋細胞のアポトーシス(細胞の死)が生じていることが示されたのです。
この結果からSmilesらは、オートファジーの活動性の変化が筋細胞のアポトーシスを誘発し、間接的に筋タンパク質の分解作用を活性化させると推測しました(Smiles WJ, 2016)。
筋肉の量は、筋タンパク質の合成作用と分解作用のバランスによって決まります。SteinerらとSmilesらの報告により、トレーニング後のアルコール摂取は、筋タンパク質の合成作用を促すmTORの活動性を弱めるとともに、オートファジーの作用変化によって筋タンパク質の分解作用を高めることが示唆されているのです。
現代のスポーツ医学はこのような背景をもとに純然たる真実を告げているのです。
「トレーニング後のアルコール摂取は筋肥大の効果を減少させる」
私たちはこの残酷な真実を受け入れなければなりません。
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◆ 読んでおきたい記事
シリーズ①:筋肉を増やすための栄養摂取のメカニズムを理解しよう
シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう
シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう
シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ
シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう
シリーズ⑯:いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?
シリーズ⑰:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実
シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある
シリーズ㉑:筋トレの最適な負荷量を知っておこう(2017年8月版)
シリーズ㉒:筋トレが不安を解消するエビデンス
シリーズ㉓:筋肉量を維持しながらダイエットする方法論
シリーズ㉔:プロテインの摂取はトレーニング前と後のどちらが効果的?
シリーズ㉕:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由
シリーズ㉖:筋トレの効果を最大にするウォームアップの方法を知っておこう
シリーズ㉗:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間を知っておこう(2017年9月版)
シリーズ㉘:BCAAが筋肉痛を回復させるエビデンス
シリーズ㉙:筋トレの効果を最大にするタマゴの正しい食べ方
シリーズ㉚:筋トレが睡眠の質を高める〜世界初のエビデンスが明らかに
シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
シリーズ㉜:HMBが筋トレの効果を高める理由~国際スポーツ栄養学会のガイドラインから最新のエビデンスまで
シリーズ㉝:筋トレの効果を高める最新の3つの考え方〜Schoenfeld氏のインタビューより
シリーズ㉞:筋トレによって脳が変わる〜最新のメカニズムが明らかに
シリーズ㉟:ホエイプロテインは食欲を抑える〜最新のエビデンスを知っておこう
シリーズ㊱:筋トレが病気による死亡率を減少させる幸福な真実
シリーズ㊲:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え
シリーズ㊳:筋トレとアルコールの残酷な真実(続編)
シリーズ㊴:筋トレの効果を最大にする「関節を動かす範囲」について知っておこう
シリーズ㊵:筋トレが続かない理由〜ハーバード大学が明らかにした答えとは?
シリーズ㊶:筋トレと遺伝の本当の真実〜筋トレの効果は遺伝で決まる?
シリーズ㊷:エビデンスにもとづく筋肥大を最大化するための筋トレ・ガイドライン
シリーズ㊸:筋トレしてすぐの筋肥大は浮腫(むくみ)であるという残念な真実
シリーズ㊹:時間がないときにやるべき筋トレメニューとは〜その科学的根拠があきらかに
シリーズ㊺:筋トレの効果を最大にする新しいトレーニングプログラムの考え方を知っておこう
シリーズ㊻:筋トレは心臓も強くする〜最新のエビデンスが明らか筋トレ後のアルコール摂取が筋力の回復を妨げる?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ㊼:プロテインは骨をもろくする?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ㊽:コーヒーが筋トレのパフォーマンスを高める〜その科学的根拠を知っておこう
シリーズ㊾:睡眠不足は筋トレの効果を低下させる~その科学的根拠を知っておこう
シリーズ㊿:イメージトレーニングが筋トレの効果を高める〜その科学的根拠を知っておこう
シリーズ51:筋トレ後のアルコール摂取が筋力の回復を妨げる?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ52:筋トレ後のタンパク質の摂取は「24時間」を意識するべき理由
シリーズ53:筋トレが高血圧を改善させる〜その科学的根拠を知っていこう
シリーズ54:ケガなどで筋トレできないときほどタンパク質を摂取するべきか?
シリーズ55:筋トレは脳卒中の発症リスクを高めるのか?〜筋トレによるリスクを知っておこう
シリーズ56:筋トレを続ける技術〜意志力をマネジメントしよう
シリーズ57:筋トレ後にプロテインを飲んですぐに仰向けに寝てはいけない理由
シリーズ58:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか問題
シリーズ59:筋トレの効果を最大にする食品やプロテインの選ぶポイントを知っておこう
シリーズ60:ベンチプレスをするなら大胸筋損傷について知っておこう
シリーズ61:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう(2018年4月版)
シリーズ62:筋トレ後のタンパク質摂取に炭水化物(糖質)は必要ない?
シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
シリーズ64:筋トレの効果を最大にする「牛乳」の選び方を知っておこう
シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
シリーズ66:筋力を簡単にアップさせる方法~筋力と神経の関係を知っておこう
シリーズ67:筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス
シリーズ68:筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っていこう
シリーズ69:筋トレで疲労困憊まで追い込んではいけない理由(筋力増強編)
シリーズ70:筋トレで筋肥大の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ71:筋トレで筋力増強の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ72:ネガティブトレーニングは筋肥大に効果的なのか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
シリーズ80:筋トレの効果を最大にする週の頻度(週に何回?)の最新エビデンス
シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
シリーズ83:筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス
シリーズ84:筋トレのあとは風邪をひきやすくなる?〜最新エビデンスと対処法
シリーズ85:筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンス
シリーズ86:筋トレとグルタミンの最新エビデンス
シリーズ87:筋トレとアルギニンの最新エビデンス
シリーズ88:筋トレとシトルリンの最新エビデンス
シリーズ89:筋トレするなら知っておきたいサプリメントの最新エビデンスまとめ
シリーズ90:筋トレをするとモテる本当の理由
シリーズ91:高タンパク質は腎臓にダメージを与えない〜最新エビデンスが明らかに
シリーズ92:筋トレするなら知っておきたい食事のキホン〜ハーバード流の食事プレート
シリーズ93:筋トレを続ける技術〜マシュマロ・テストを攻略しよう
シリーズ94:スクワットのフォームの基本を知っておこう【スクワットの科学】
シリーズ95:スクワットのフォームによって筋肉の活動が異なる理由
シリーズ96:スクワットの効果を最大にするスタンス幅と足部の向きを知っておこう
シリーズ97:ベンチプレスのフォームの基本を知っておこう【ベンチプレスの科学】
シリーズ98:ヒトはベンチプレスをするために進化してきた【ベンチプレスの科学】
シリーズ99:デッドリフトのフォームの基本を知っておこう【デッドリフトの科学】
シリーズ100:デッドリフトのリフティングの基本を知っておこう【デッドリフトの科学】
シリーズ101:筋トレを続ける技術~脳をハックしよう!
シリーズ102:腕立て伏せの回数と握力から心臓病のリスクを知ろう!
シリーズ103:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ104:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!【最新エビデンス】
◆ 参考論文
O'Brien KS, et al. Hazardous drinking in New Zealand sportspeople: level of sporting participation and drinking motives. Alcohol Alcohol. 2007 Jul-Aug;42(4):376-82.
Parr EB, et al. Alcohol ingestion impairs maximal post-exercise rates of myofibrillar protein synthesis following a single bout of concurrent training. PLoS One. 2014 Feb 12;9(2):e88384.
Barnes MJ, et al. Post-exercise alcohol ingestion exacerbates eccentric-exercise induced losses in performance. Eur J Appl Physiol. 2010 Mar;108(5):1009-14.
Steiner JL, et al. Dysregulation of skeletal muscle protein metabolism by alcohol. Am J Physiol Endocrinol Metab. 2015 May 1;308(9):E699-712.
Smiles WJ, et al. Protein coingestion with alcohol following strenuous exercise attenuates alcohol-induced intramyocellular apoptosis and inhibition of autophagy. Am J Physiol Endocrinol Metab. 2016 Nov 1;311(5):E836-E849.