筋肉のもととなる筋タンパク質は24時間、いつも合成と分解を繰り返しています。ぼくたちの筋肉の量が維持できているのは、この合成と分解の量が釣り合っているからです。
トレーニングで筋肥大を生じさせるためには、筋タンパク質の合成が分解を上回るようにしなければなりません。そのために必要になるのがタンパク質の摂取です。
トレーニングをすると筋タンパク質の合成感度が上昇します。そこでタンパク質を摂取すると筋タンパク質の合成が大きく増加し、分解を上回ることによって筋肥大が生じます。
これが「トレーニングとタンパク質の摂取はセットで考えよう」と言われる理由です。トレーニングだけでは筋肥大は生じず、タンパク質を摂取してはじめて筋肥大が生じるのです。
『筋トレ後のタンパク質の摂取は「24時間」を意識するべき理由』
そして、現代では、タンパク質以外にもトレーニングの効果を高めるサプリメントが注目されています。
クレアチンは、筋肉のクレアチン量を増やすことによってATPの再合成能力を高め、トレーニングのパフォーマンスを向上させることができます。
『筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス』
カフェインは、脳のアデノシン受容体に作用し、神経活動を高めるドーパミンなどの放出を促進することによって運動単位の動員や発射頻度を増加させ、筋力を高めることができます。
『筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンス』
現代のスポーツ栄養学は、これらのサプリメントの効果を裏付けるエビデンスを報告しており、正しい摂取方法にもとづいて摂取することにより、トレーニングのパフォーマンスを高めることが可能になるのです。
そこで今回は、トレーニング効果を高めるとされる「アルギニン」について、近年の研究報告をご紹介しましょう。
Table of contents
◆ アルギニンが筋肥大の効果を高めるメカニズム
食品やサプリメントから摂取されたタンパク質は、胃や腸で消化され、最終的にアミノ酸にまで分解されて吸収されます。吸収されたアミノ酸は肝臓から血液中に放出され、血流に乗って全身に運ばれます。アミノ酸が筋肉にとどくと筋タンパク質が合成され、筋肥大が生じます。
このような血流によるアミノ酸の運搬において注目されているサプリメントが「アルギニン」です。
アミノ酸は体内でつくることができる非必須アミノ酸と、つくることができない必須アミノ酸に分けられます。主に筋タンパク質の合成で使われるのは「必須アミノ酸」になります。アルギニンは非必須アミノ酸であり、直接、筋タンパク質の合成には関わっていません。しかし、アルギニンには重要な作用があると考えられています。
それが「血管の拡張による血流量の増加」です。
血管の壁は内・中・外膜の3層構造になっています。内側にある内膜には血管を拡げる役割を担っている内皮細胞があります。動脈硬化によって血管が硬くなってしまうのは、内皮細胞や内膜が壊れてしまい、血管が拡がりにくくなるからです。
では、内皮細胞は何をスイッチにして血管を拡げるのかというと、それは「一酸化窒素(NO)」です。一酸化窒素の量が多くなると内皮細胞が血管を拡張させ、血流量を増加させるのです。
そして、アルギニンには、この一酸化窒素の産生を促進する作用があり、それによって血管を拡げ、血流量を増やすことができるとされています。
トレーニング後にタンパク質とともにアルギニンを摂取すると全身の血流量が増え、速く、多くのアミノ酸を筋肉にとどけることができ、筋タンパク質の合成を高められると考えられているのです。
もうひとつ、アルギニンの作用として挙げられているのが「成長ホルモンの分泌効果」です。
トレーニングをすると、脳の視床下部から成長ホルモンの分泌を抑えている「成長ホルモン阻害ホルモン」の分泌が抑制されます。さらに「成長ホルモン放出ホルモン」の分泌が増大され、これにより成長ホルモンの分泌が促進されます。
アルギニンには、この成長ホルモン阻害ホルモンの分泌を抑える作用があります。この作用により、成長ホルモンの分泌を促進させる効果があると考えられているのです。
このように、アルギニンがトレーニング効果を高める根拠として、血管拡張にともなう血流量の増加、成長ホルモンの分泌促進の効果が挙げられているのです。
では、本当にアルギニンの摂取はトレーニングによる筋肥大の効果を高めるのでしょうか?
◆ アルギニンによる筋肥大の効果のエビデンス
2011年、マックマスター大学のTangらは、アルギニンによる血管拡張と筋タンパク質の合成への影響について検証しました。
集められた20歳代の被験者は、必須アミノ酸(10g)とともにアルギニン(10g)を摂取するグループと同量のプラセボ粉末を摂取するグループに分けられました。
それぞれのグループの被験者は、10RMの負荷でレッグプレスを行い、トレーニング後にアルギニンまたはプラセボを必須アミノ酸とともに摂取しました。その前後で大腿動脈の血流量と大腿四頭筋(外側広筋)の筋タンパク質の合成率が計測されました。
その結果、両グループともにトレーニング後から血流量が増加しましたが、グループ間に有意な差は示されませんでした。また、筋タンパク質の合成率も両グループともに増加しましたが、有意な差は示されなかったのです。
Fig.1:Tang JE, 2011より筆者作成
Fig.2:Tang JE, 2011より筆者作成
この結果から、Tangらは、アルギニンによる血流量の増加効果は認められず、トレーニングによる筋タンパク質の合成率の増加は必須アミノ酸によるものであり、アルギニンによる追加の効果は認められなかったとしています(Tang JE, 2011)。
また同じように、ガマ・フィリョ大学のAlvaresらは、アルギニンの摂取が血流量とトレーニングのパフォーマンスを高めないことを報告しています(Alvares TS, 2012)。
さらに2014年、カナダ・アルバータ大学のForbesらはアルギニンによる成長ホルモンの分泌促進の効果を検証しました。
トレーニング経験のある被験者を集め、アルギニン(体重1kgあたり0.075g)を摂取するグループと同量のプラセボを摂取するグループに分けました。摂取したのち、最大筋力の70%の強度で全身性トレーニングを3セット行いました。その前後で成長ホルモン放出ホルモン(GHRH)、成長ホルモン(GH)の分泌量が計測されました。
その結果、両グループの成長ホルモン放出ホルモン、成長ホルモンの分泌量に有意な差は認められませんでした。
Fig.3:Forbes SC, 2014より筆者作成
この結果からForbesらは、アルギニン摂取による成長ホルモンの分泌を促進する効果は認められないことを示唆しています(Forbes SC, 2014)。
これらの報告により、これまでに考えられてきたアルギニン摂取による血液量の増加効果、それにともなう筋タンパク質の合成の促進効果、成長ホルモンの分泌の促進効果のすべてに疑義の声があがっているのです。
2018年、トレーニングによる筋肥大に効果的とされるサプリメントのエビデンスをまとめてレビューした国際スポーツ栄養学会(ISSN)の報告では、このような研究結果から、アルギニンを「効果を裏付けるエビデンスがほとんどない」のエビデンスCに分類しています(Kerksick CM, 2018)。
Fig.4:Kerksick CM, 2018より筆者作成
アルギニンが一酸化窒素の産生を促進させ、血管拡張にともなう血流量の増大により、早く、多くのアミノ酸を運搬するという仮説は、現在のところのエビデンスとしては示されていません。また、成長ホルモンの分泌促進の効果も証明できていないばかりか、近年ではトレーニング効果に成長ホルモンの影響は少ないことが示唆されています(これは別の機会に考察します)。そのため、現時点ではアルギニン摂取によるトレーニング効果の寄与は期待できないとされているのです。
しかしながら、まだトレーニング効果に対するアルギニンの研究報告の数も少なく、新たな知見が報告される可能性もあります。今後も新たな研究結果が報告されましたら本ブログでもご紹介していきます。
筋トレの重要なエビデンスをまとめた新刊です!
◆ 読んでおきたい記事
シリーズ①:筋肉を増やすための栄養摂取のメカニズムを理解しよう
シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう
シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう
シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ
シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう
シリーズ⑯:いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?
シリーズ⑰:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実
シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある
シリーズ㉑:筋トレの最適な負荷量を知っておこう(2017年8月版)
シリーズ㉒:筋トレが不安を解消するエビデンス
シリーズ㉓:筋肉量を維持しながらダイエットする方法論
シリーズ㉔:プロテインの摂取はトレーニング前と後のどちらが効果的?
シリーズ㉕:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由
シリーズ㉖:筋トレの効果を最大にするウォームアップの方法を知っておこう
シリーズ㉗:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間を知っておこう(2017年9月版)
シリーズ㉘:BCAAが筋肉痛を回復させるエビデンス
シリーズ㉙:筋トレの効果を最大にするタマゴの正しい食べ方
シリーズ㉚:筋トレが睡眠の質を高める〜世界初のエビデンスが明らかに
シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
シリーズ㉜:HMBが筋トレの効果を高める理由~国際スポーツ栄養学会のガイドラインから最新のエビデンスまで
シリーズ㉝:筋トレの効果を高める最新の3つの考え方〜Schoenfeld氏のインタビューより
シリーズ㉞:筋トレによって脳が変わる〜最新のメカニズムが明らかに
シリーズ㉟:ホエイプロテインは食欲を抑える〜最新のエビデンスを知っておこう
シリーズ㊱:筋トレが病気による死亡率を減少させる幸福な真実
シリーズ㊲:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え
シリーズ㊳:筋トレとアルコールの残酷な真実(続編)
シリーズ㊴:筋トレの効果を最大にする「関節を動かす範囲」について知っておこう
シリーズ㊵:筋トレが続かない理由〜ハーバード大学が明らかにした答えとは?
シリーズ㊶:筋トレと遺伝の本当の真実〜筋トレの効果は遺伝で決まる?
シリーズ㊷:エビデンスにもとづく筋肥大を最大化するための筋トレ・ガイドライン
シリーズ㊸:筋トレしてすぐの筋肥大は浮腫(むくみ)であるという残念な真実
シリーズ㊹:時間がないときにやるべき筋トレメニューとは〜その科学的根拠があきらかに
シリーズ㊺:筋トレの効果を最大にする新しいトレーニングプログラムの考え方を知っておこう
シリーズ㊻:筋トレは心臓も強くする〜最新のエビデンスが明らかに
シリーズ㊼:プロテインは骨をもろくする?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ㊽:コーヒーが筋トレのパフォーマンスを高める〜その科学的根拠を知っておこう
シリーズ㊾:睡眠不足は筋トレの効果を低下させる~その科学的根拠を知っておこう
シリーズ㊿:イメージトレーニングが筋トレの効果を高める〜その科学的根拠を知っておこう
シリーズ51:筋トレ後のアルコール摂取が筋力の回復を妨げる?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ52:筋トレ後のタンパク質の摂取は「24時間」を意識するべき理由
シリーズ53:筋トレが高血圧を改善させる〜その科学的根拠を知っていこう
シリーズ54:ケガなどで筋トレできないときほどタンパク質を摂取するべきか?
シリーズ55:筋トレは脳卒中の発症リスクを高めるのか?〜筋トレによるリスクを知っておこう
シリーズ56:筋トレを続ける技術〜意志力をマネジメントしよう
シリーズ57:筋トレ後にプロテインを飲んですぐに仰向けに寝てはいけない理由
シリーズ58:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか問題
シリーズ59:筋トレの効果を最大にする食品やプロテインの選ぶポイントを知っておこう
シリーズ60:ベンチプレスをするなら大胸筋損傷について知っておこう
シリーズ61:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう(2018年4月版)
シリーズ62:筋トレ後のタンパク質摂取に炭水化物(糖質)は必要ない?
シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
シリーズ64:筋トレの効果を最大にする「牛乳」の選び方を知っておこう
シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
シリーズ66:筋力を簡単にアップさせる方法~筋力と神経の関係を知っておこう
シリーズ67:筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス
シリーズ68:筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っていこう
シリーズ69:筋トレで疲労困憊まで追い込んではいけない理由(筋力増強編)
シリーズ70:筋トレで筋肥大の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ71:筋トレで筋力増強の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ72:ネガティブトレーニングは筋肥大に効果的なのか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
シリーズ80:筋トレの効果を最大にする週の頻度(週に何回?)の最新エビデンス
シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
シリーズ83:筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス
シリーズ84:筋トレのあとは風邪をひきやすくなる?〜最新エビデンスと対処法
シリーズ85:筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンス
シリーズ86:筋トレとグルタミンの最新エビデンス
シリーズ87:筋トレとアルギニンの最新エビデンス
シリーズ88:筋トレとシトルリンの最新エビデンス
シリーズ89:筋トレするなら知っておきたいサプリメントの最新エビデンスまとめ
シリーズ90:筋トレをするとモテる本当の理由
シリーズ91:高タンパク質は腎臓にダメージを与えない〜最新エビデンスが明らかに
シリーズ92:筋トレするなら知っておきたい食事のキホン〜ハーバード流の食事プレート
シリーズ93:筋トレを続ける技術〜マシュマロ・テストを攻略しよう
シリーズ94:スクワットのフォームの基本を知っておこう
シリーズ95:スクワットのフォームによって筋肉の活動が異なる理由
シリーズ96:スクワットの効果を最大にするスタンス幅と足部の向きを知っておこう
シリーズ97:ベンチプレスのフォームの基本を知っておこう【ベンチプレスの科学】
シリーズ98:ヒトはベンチプレスをするために進化してきた【ベンチプレスの科学】
シリーズ99:デッドリフトのフォームの基本を知っておこう【デッドリフトの科学】
シリーズ100:デッドリフトのリフティングの基本を知っておこう【デッドリフトの科学】
シリーズ101:筋トレを続ける技術~脳をハックしよう!
シリーズ102:腕立て伏せの回数と握力から心臓病のリスクを知ろう!
シリーズ103:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ104:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!【最新エビデンス】
◆ 参考論文
Tang JE, et al. Bolus arginine supplementation affects neither muscle blood flow nor muscle protein synthesis in young men at rest or after resistance exercise. J Nutr. 2011 Feb;141(2):195-200.
Alvares TS, et al. Acute l-arginine supplementation increases muscle blood volume but not strength performance. Appl Physiol Nutr Metab. 2012 Feb;37(1):115-26.
Forbes SC, et al. Oral L-arginine before resistance exercise blunts growth hormone in strength trained males. Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2014 Apr;24(2):236-44.
Kerksick CM, et al. ISSN exercise & sports nutrition review update: research & recommendations. J Int Soc Sports Nutr. 2018 Aug 1;15(1):38.