「タンパク質のとりすぎは腎臓にダメージを与えるのか?」
筋トレによって筋肉量を増やすためには、筋肉のもととなる筋タンパク質の合成量を増やさなければなりません。そこで必須になるのがタンパク質の摂取です。筋トレをしただけでは筋タンパク質の合成は促進されず、タンパク質を摂取してはじめて合成が促進されるのです。
このような背景から、トレーニーの多くが食事とともにプロテインを摂取しています。そこで疑問に思うのが「タンパク質をとりすぎると腎臓にダメージを与えてしまうのでは?」ということです。
この疑問については70年にわたり栄養学やスポーツ医学の分野で議論されてきました。
そして2017年、ひとつの答えが見いだされたのです。
「赤身肉の過剰な摂取は、腎臓にダメージを与える可能性がある」
これまでの大規模な観察研究などから、タンパク質の摂取による腎臓へのダメージにはタンパク質の「食物源」が関与することがわかってきました。牛肉などの赤身肉を過剰に摂取すると腎臓にダメージを与えやすいのに対して、鶏肉などの白身肉や大豆などの食物性タンパク質、ホエイなどの乳清タンパク質の摂取による腎臓へのダメージは少ないことが示唆されているのです。
『プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え』
しかし、それでも疑問は残ります。
では、どのくらいのタンパク質の摂取量であれば、腎臓にダメージを与えず、安心して摂取できるのでしょうか?
今回は、この疑問に対して5月に公表されたハーバード大学の見解と、7月に報告された最新のレビューをご紹介しましょう。
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◆ プロテイン・サミットで明らかになった推奨摂取量の誤解
2013年10月、60人以上におよぶ栄養学やスポーツ医学の研究者がアメリカ・ワシントンD.C.に集まり、あるカンファレンスが開催されました。
そのカンファレンスの名は「プロテイン・サミット2.0」です。
プロテイン・サミットは2007年に第1回、2013年に第2回が開催され、その主な目的は「安全で有効なタンパク質の摂取量を明らかにすること」でした。
なぜ、このようなサミットが開催されたのかというと、タンパク質の摂取量に関する「ある誤解」を解消することが始まりでした。
2005年、米国医学研究所はタンパク質の推奨摂取量(RDA)を「1日あたり0.8g/kg」と提言しています。
これは、体重70kgの場合、1日に56gのタンパク質の摂取が推奨されるということです。しかし、一般的に多くの人がこの推奨量以上のタンパク質を摂取しており、とくにトレーニング後はその倍以上の摂取量になることがあるでしょう(McNeill SH, 2017)。
ここで、ある誤解が生じました。
米国医学研究所がいう推奨量よりも多くのタンパク質を摂取することは、過剰摂取となり、腎臓にダメージを与えるのでは?という不安がひろがってしまったのです。
米国医学研究所が提言した0.8g/kgという推奨量は、統計的に不健康になるリスクを20%以下にするための摂取量であり、つまりは病気にならないための最低限の摂取量を意味するものでした。しかし、数値だけがひとり歩きしてしまい、その意味までは十分に周知されなかったのです。
そのため、プロテイン・サミットでは、この誤解を解消するべく多くの議論がなされ、筋肉量の増加のためには1.0〜1.2g/kg、体重管理(減量)のためには1.2〜1.6g/kg、加齢による筋肉減少の予防には1.0〜1.5g/kgのタンパク質の摂取量が必要であるというコンセンサスが得られました。
サミットの結果、0.8g/kgという推奨量は、あくまで病気にならないための最低限の摂取量であり、筋肉量の増加などを目的とした場合、それ以上のタンパク質を摂取することは「過剰な摂取」ではなく、むしろ「必要な摂取」であることが示唆されたのです(Rodriguez NR, 2015)。
しかし、安全なタンパク質の摂取量の上限についてはコンセンサスを得ることができず、次回に議論を継続することにとどまりました。
このようなプロテイン・サミットの結果とともに、これまでの研究報告を合わせて2018年5月、ハーバード大学はタンパク質の摂取量の上限についてこのように勧告しています。
「タンパク質の摂取量は1日あたり2.0g/kg以下にとどめることが推奨される」
いまだに研究者のあいだでコンセンサスが得られていない以上、安全性、リスク、効果において合理的に判断すると2.0g/kg以下にとどめることが妥当であるとしています。また、腎臓への負担を考慮すると、1度にタンパク質を大量に摂取するのではなく、1日にバランスよく摂取すること、赤身肉だけでなく、白身肉や乳清タンパク質、植物性タンパク質からも摂取することなどを推奨しています。
『When it comes to protein, how much is too much? - Harvard Health Publishing』
しかしながら、ハーバード大学の見解もあくまで総説であり、エビデンスを示すものではありませんでした。
そして2018年7月、タンパク質の摂取量の上限を示すはじめてのエビデンスが報告されたのです。
◆ タンパク質の摂取量の上限を示した最新エビデンス
2018年、VECのVan Elswykらは、これまでに報告された推奨量0.8g/kg以上のタンパク質を摂取することによる腎臓への影響を調査した26の観察研究などをもとに、タンパク質の摂取量の上限についてまとめたシステマティックレビューを報告しました。
*システマティックレビューとは、文献をくまなく調査し、質の高い研究のデータをバイアスのようなデータの偏りを限りなく除き、分析を行うエビデンスレベルのもっとも高い研究デザイン。
レビューの対象となる研究報告は、健康な腎臓の機能が確認された18歳以上の男女を被験者としており、腎臓病などの慢性疾患を含めた報告は除外されました。このような被験者を対象に、1日あたり0.8-2.5g/kgのタンパク質を摂取したときの腎臓への影響が分析されました。
腎臓への影響は、糸球体濾過量(GFR)と血圧により計測されました。なぜ、血圧が計測されたかというと、血圧の増加は腎臓の機能の低下を示す指標になるからです。心臓から送られた血液から腎臓は余分な水分を排泄します。この腎臓の機能により、血液量が一定となり、血圧を保つことができます。
しかし、腎臓の機能が低下すると、余分な水分を排泄できないため血液の量が増えます。血液が増えると血圧が上昇するため、血圧の変化によって間接的に腎臓の機能をモニターすることができるのです。
また、糸球体濾過量は直接的に腎臓の機能を計測できます。濾過量が低下すると腎臓に負担が生じていることがわかります。
これらの指標をもとに分析した結果、摂取するタンパク質の食物源にかかわらず、推奨摂取量0.8g/kgの倍程度の摂取量1.6-2.0g/kgであれば、腎臓へのダメージが少ないことが示唆されたのです。
しかし、レビューの対象となった研究が6ヶ月間という短期間の調査が多く、また個々の研究の質が低いため、改めてシステマティックレビューやメタアナリシスの実施の必要性をVan Elswykらは述べています。
このレビューの結果は、プロテイン・サミットの報告に安全性を担保するものであり、ハーバード大学の見解にエビデンスを示すものになりました。
健康を維持するためにはタンパク質の推奨摂取量(1日あたり0.8g/kg)が必要になりますが、筋肉量の増加や、加齢による筋肉量の減少予防などを目的とした場合は、それ以上の摂取量が必要となり、ハーバード大学の見解である2.0g/kg程度の摂取量であれば腎臓へのダメージは低いことがエビデンスとして示されたのです。
Van Elswykらのレビューにより、より多いタンパク質の摂取量(1.6-2.0g/kg)による腎臓へのダメージが低い可能性が示唆されましたが、過剰な摂取量(>2.0g/kg)についての安全性については依然として議論が必要になります。
これについては、今後の新たな報告や次回のプロテイン・サミット3.0の結果を待ちましょう。
さいごに、タンパク質の摂取による腎臓への影響についてまとめておきます。
・タンパク質の摂取による腎臓へのダメージは、タンパク質の食物源によって異なります。とくに赤身肉の過剰な摂取は腎臓にダメージを与える可能性が示唆されています。
『プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え』
・現在のところの安全とされるタンパク質の摂取量の上限は、1日あたり1.6-2.0g/kgまでとなります。それ以上の摂取量の安全性についてのエビデンスはまだ示されていません。
*高血圧や糖尿病、軽度の腎臓病のある場合は、タンパク質の摂取により腎臓への負担が強くなりやすいです。そのため、多くのタンパク質を摂取したいときは摂取量について医師に確認しましょう。
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◆ 参考論文
McNeill SH, et al. Coming to terms: meat’s role in a healthful diet. Anim Front 2017;7:34–42.
Rodriguez NR. Introduction to Protein Summit 2.0: continued exploration of the impact of high-quality protein on optimal health. Am J Clin Nutr. 2015 Apr 29. pii: ajcn083980.
Van Elswyk ME, et al. A Systematic Review of Renal Health in Healthy Individuals Associated with Protein Intake above the US Recommended Daily Allowance in Randomized Controlled Trials and Observational Studies. Adv Nutr. 2018 Jul 1;9(4):404-418.