ジムには多くの笑顔があります。
そこには悩みや不安を感じさせないトレーニーの姿があります。
これまで、筋トレが不安のようなネガティブな感情に与える効果的なエビデンスは示されていませんでした。今年8月、雑誌Sports medicineで世界で初めてレジスタンストレーニング(筋トレ)が不安を改善するというメタアナリシスが報告されたのです。
今回は、このメタアナリシスをご紹介しながら、不安がもつ意味とマネジメントについて考察していきましょう。
Table of contents
◆ 日本人は世界でいちばん不安になりやすい
ヒトは400万年前に二足歩行を獲得し、森林からサバンナに生活の場を移し、繁栄してきました。しかし、そこにはライオンなどの肉食獣がおり、いつも捕食されるリスクと隣あわせだったのです。
では、ヒトがサバンナで生き延びることができた要因は何だったのでしょうか?
それは「不安」であると人類学者のDonna Hartは言います。
楽観的にサバンナを歩いているヒトは、たちまち肉食獣の餌食になってしまいますが、不安に怯えながら歩いているヒトは肉食獣から逃れ、生き残ることができたのです。そのため、不安の強い個人が数百万年という進化の過程で選択され、現代の私たちのこころにも不安という感情が受け継がれてきました。
不安は、サバンナを生き延びるために不可欠な感情だったのです。
しかし、現代にはサバンナもなければ、ライオンもいません。それでも多くの人が不安に苛まれています。肉食獣に怯えなくて良くなった現代人は、会社や学校、家庭といった複雑化した人間関係などに強い不安を募らせるようになったのです。
- 作者: ドナ・ハート,ロバート W.サスマン,伊藤伸子
- 出版社/メーカー: 化学同人
- 発売日: 2007/06/28
- メディア: 単行本
- 購入: 8人 クリック: 62回
- この商品を含むブログ (44件) を見る
参考図書『ヒトは食べられて進化した』
日本人は欧米人に比べて、不安障害やうつ病が多いことが知られています。
近年の精神医学や脳科学では、この原因をセロトニンの発現量の違いであることを明らかにしています。
日本人の97%は脳内のセロトニン発現量が少なく、ネガティブなことに対して強い不安をもちます。このセロトニンの発現量が少ないことが日本人の特性である「まじめ」「几帳面」「責任感が強い」「人間関係のトラブルを嫌う」といったメランコリー親和型の性格をつくり、不安障害やうつ病を発病させる基盤を形成しているのです。
参考図書『脳科学は人格を変えられるか? (文春文庫)』
このように、不安は生きるための適応反応なのですが、過度な不安が続くと最終的には不安障害やうつ病を発症させてしまいます。
そこで精神医学やスポーツ医学の分野では、不安を早い段階でマネジメントする方法として、有酸素運動のような「運動」が投薬や認知行動療法の補助的手段となるとして注目されるようになりました。
そして今年8月、レジスタンストレーニングにより不安が解消できるというエビデンスが世界で初めて示されたのです。
◆ 筋トレが不安を解消するエビデンス
ランニングをすると気分が良くなるのと同じように、レジスタンストレーニングをすると気分が良くなることを感じたことがあると思います。
ランニングのような有酸素運動が不安を緩解するというエビデンスは、これまでに多くのシステマティックレビューやメタアナリシスによって示唆されてきました。
2017年5月には、イギリス精神医学研究所のStubbsらにより、有酸素運動が不安症状を緩和することを示した最新のメタアナリシスが報告されています(Stubbs B, 2017)。
有酸素運動は、幸福感を生じさせるセロトニンやβエンドルフィンといった神経伝達物質を増加させ、神経成長因子(BDNF)レベルを増加させることがわかっています(Herring MP, 2014)。
不安な状況下になると心拍数が増加しますが、この心拍数の増加を抑えることによって不安を軽減させることができます。有酸素運動は安静時の心拍数を減少させることで不安を感じたときの心拍数の増加を抑える効果が示唆されています(Alvares GA, 2016)。
このようなメカニズムによって、有酸素運動は不安を和らげると推測されているのです。
それでは、レジスタンストレーニングにも不安を緩和する効果があるのでしょうか?
この問に答えたのがアイルランド・リムリック大学のGordonらです。
Gordonらは2017年8月、レジスタンストレーニングと不安やストレスなどの精神状態との関係を調査した16の研究報告をまとめたメタアナリシスを世界で初めて報告しました。
その結果、レジスタンストレーニングは、健常人の不安を大幅に改善させるとともに不安障害などの患者の不安を改善することが示されました。
また、興味深いことは、レジスタンストレーニングによる不安の改善効果は、性別、年齢、トレーニング条件(運動強度、回数、セット数、頻度)により影響を受けないことがわかったのです。
つまり、ある程度の疲労を伴うレジスタンストレーニングを行うことにより、性別や年齢に関わらず、不安をやわらげることができるのです。
しかしながら、レジスタンストレーニングによる不安改善のメカニズムは動物実験レベルでしか得られておらず、ヒトによるメカニズムの解明は今後の課題であるとしています。
これらの結果からGordonらは、レジスタンストレーニングは健常者の不安のマネジメントに有益であり、不安障害の補助的なオプションになると述べています(Gordon BR, 2017)。
古代より、私たちは不安によって生かされてきました。そして現代では、複雑な社会背景がもたらす過度な不安により押しつぶされそうになっています。
最新の精神医学やスポーツ医学は不安障害などの病気になるまえに、不安をマネジメントするべきであると言います。そしてこう提言しているのです。
「不安を感じたときは筋トレをしよう」
筋トレの重要なエビデンスをまとめた新刊です!
◆ 読んでおきたい記事
シリーズ①:筋肉を増やすための栄養摂取のメカニズムを理解しよう
シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう
シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう
シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ
シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう
シリーズ⑯:いつまでも若々しい筋肉を維持するためには筋トレだけじゃ不十分?
シリーズ⑰:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑱:筋トレとアルコール摂取の残酷な真実
シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある
シリーズ㉑:筋トレの最適な負荷量を知っておこう(2017年8月版)
シリーズ㉒:筋トレが不安を解消するエビデンス
シリーズ㉓:筋肉量を維持しながらダイエットする方法論
シリーズ㉔:プロテインの摂取はトレーニング前と後のどちらが効果的?
シリーズ㉕:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由
シリーズ㉖:筋トレの効果を最大にするウォームアップの方法を知っておこう
シリーズ㉗:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間を知っておこう(2017年9月版)
シリーズ㉘:BCAAが筋肉痛を回復させるエビデンス
シリーズ㉙:筋トレの効果を最大にするタマゴの正しい食べ方
シリーズ㉚:筋トレが睡眠の質を高める〜世界初のエビデンスが明らかに
シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
シリーズ㉜:HMBが筋トレの効果を高める理由~国際スポーツ栄養学会のガイドラインから最新のエビデンスまで
シリーズ㉝:筋トレの効果を高める最新の3つの考え方〜Schoenfeld氏のインタビューより
シリーズ㉞:筋トレによって脳が変わる〜最新のメカニズムが明らかに
シリーズ㉟:ホエイプロテインは食欲を抑える〜最新のエビデンスを知っておこう
シリーズ㊱:筋トレが病気による死亡率を減少させる幸福な真実
シリーズ㊲:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え
シリーズ㊳:筋トレとアルコールの残酷な真実(続編)
シリーズ㊴:筋トレの効果を最大にする「関節を動かす範囲」について知っておこう
シリーズ㊵:筋トレが続かない理由〜ハーバード大学が明らかにした答えとは?
シリーズ㊶:筋トレと遺伝の本当の真実〜筋トレの効果は遺伝で決まる?
シリーズ㊷:エビデンスにもとづく筋肥大を最大化するための筋トレ・ガイドライン
シリーズ㊸:筋トレしてすぐの筋肥大は浮腫(むくみ)であるという残念な真実
シリーズ㊹:時間がないときにやるべき筋トレメニューとは〜その科学的根拠があきらかに
シリーズ㊺:筋トレの効果を最大にする新しいトレーニングプログラムの考え方を知っておこう
シリーズ㊻:筋トレは心臓も強くする〜最新のエビデンスが明らか筋トレ後のアルコール摂取が筋力の回復を妨げる?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ㊼:プロテインは骨をもろくする?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ㊽:コーヒーが筋トレのパフォーマンスを高める〜その科学的根拠を知っておこう
シリーズ㊾:睡眠不足は筋トレの効果を低下させる~その科学的根拠を知っておこう
シリーズ㊿:イメージトレーニングが筋トレの効果を高める〜その科学的根拠を知っておこう
シリーズ51:筋トレ後のアルコール摂取が筋力の回復を妨げる?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ52:筋トレ後のタンパク質の摂取は「24時間」を意識するべき理由
シリーズ53:筋トレが高血圧を改善させる〜その科学的根拠を知っていこう
シリーズ54:ケガなどで筋トレできないときほどタンパク質を摂取するべきか?
シリーズ55:筋トレは脳卒中の発症リスクを高めるのか?〜筋トレによるリスクを知っておこう
シリーズ56:筋トレを続ける技術〜意志力をマネジメントしよう
シリーズ57:筋トレ後にプロテインを飲んですぐに仰向けに寝てはいけない理由
シリーズ58:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか問題
シリーズ59:筋トレの効果を最大にする食品やプロテインの選ぶポイントを知っておこう
シリーズ60:ベンチプレスをするなら大胸筋損傷について知っておこう
シリーズ61:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう(2018年4月版)
シリーズ62:筋トレ後のタンパク質摂取に炭水化物(糖質)は必要ない?
シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
シリーズ64:筋トレの効果を最大にする「牛乳」の選び方を知っておこう
シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
シリーズ66:筋力を簡単にアップさせる方法~筋力と神経の関係を知っておこう
シリーズ67:筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス
シリーズ68:筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っていこう
シリーズ69:筋トレで疲労困憊まで追い込んではいけない理由(筋力増強編)
シリーズ70:筋トレで筋肥大の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ71:筋トレで筋力増強の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ72:ネガティブトレーニングは筋肥大に効果的なのか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
シリーズ80:筋トレの効果を最大にする週の頻度(週に何回?)の最新エビデンス
シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
シリーズ83:筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス
シリーズ84:筋トレのあとは風邪をひきやすくなる?〜最新エビデンスと対処法
シリーズ85:筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンス
シリーズ86:筋トレとグルタミンの最新エビデンス
シリーズ87:筋トレとアルギニンの最新エビデンス
シリーズ88:筋トレとシトルリンの最新エビデンス
シリーズ89:筋トレするなら知っておきたいサプリメントの最新エビデンスまとめ
シリーズ90:筋トレをするとモテる本当の理由
シリーズ91:高タンパク質は腎臓にダメージを与えない〜最新エビデンスが明らかに
シリーズ92:筋トレするなら知っておきたい食事のキホン〜ハーバード流の食事プレート
シリーズ93:筋トレを続ける技術〜マシュマロ・テストを攻略しよう
シリーズ94:スクワットのフォームの基本を知っておこう【スクワットの科学】
シリーズ95:スクワットのフォームによって筋肉の活動が異なる理由
シリーズ96:スクワットの効果を最大にするスタンス幅と足部の向きを知っておこう
シリーズ97:ベンチプレスのフォームの基本を知っておこう【ベンチプレスの科学】
シリーズ98:ヒトはベンチプレスをするために進化してきた【ベンチプレスの科学】
シリーズ99:デッドリフトのフォームの基本を知っておこう【デッドリフトの科学】
シリーズ100:デッドリフトのリフティングの基本を知っておこう【デッドリフトの科学】
シリーズ101:筋トレを続ける技術~脳をハックしよう!
シリーズ102:腕立て伏せの回数と握力から心臓病のリスクを知ろう!
シリーズ103:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ104:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!【最新エビデンス】
◆ 参考論文
Stubbs B, et al. An examination of the anxiolytic effects of exercise for people with anxiety and stress-related disorders: A meta-analysis. Psychiatry Res. 2017 Mar;249:102-108.
Gordon BR, et al. The Effects of Resistance Exercise Training on Anxiety: A Meta-Analysis and Meta-Regression Analysis of Randomized Controlled Trials. Sports Med. 2017 Aug 17. doi: 10.1007/s40279-017-0769-0.
Herring MP, et al. The effects of exercise training on anxiety. Am J Lifestyle Med. 2014 8 (6), 388–403.
Alvares GA, et al. Autonomic nervous system dysfunction in psychiatric disorders and the impact of psychotropic medications: a systematic review and meta-analysis. J Psychiatry Neurosci. 2016 Mar;41(2):89-104.