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筋トレによって脳が変わる〜最新のメカニズムが明らかに


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 筋力と筋肉の大きさには高い関係性があり(Fukunaga T, 2001)、筋肉が大きいほど筋力は強いと予測することができます。これは身体の大きい人は強いと感じることからも本能的に理解していることだと思います。

 

 筋力 = 筋肉の大きさ

 

 では、このグラフを見てみましょう。

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 これはレジスタンストレーニング(筋トレ)を始めて4ヶ月までの筋力と筋肉の大きさの推移です。トレーニング開始から8週以降は、筋力と筋肉の大きさに高い関係性があるのがわかります。しかし、トレーニング開始から8週までには筋力と筋肉の大きさに関係性は見られません。では、この期間の筋力は何によって増強するのでしょうか?

 

 現代の脳科学はこう答えています(Carroll TJ, 2002)。

 

 「脳や脊髄などの神経が適応した結果である」

 

 現在では、筋力は筋肉の大きさと神経の適応によって構成されると考えられているのです。

 

 筋力 = 筋肉の大きさ + 神経適応

 

 そして2017年9月、オーストラリア・モナッシュ大学のKidgellらは、トレーニングによる神経適応のメカニズムを明らかにしたシステマティックレビューを報告しました。今回は、このレビューをご紹介しながら、筋トレが脳を変えるメカニズムについて考えてみましょう。

✻システマティックレビューは質の高い研究データを集め分析した、もっともエビデンスレベルの高い報告。

 

Table of contents

 

◆ トレーニング初期の筋力増強は神経適応により生じる

 

 ダンベルをもって、肘を曲げるアームカールをしようとするとき、肘を曲げるように脳から上腕二頭筋に指令が発せられます。この指令は大脳皮質にある運動野から脊髄を通じて、上腕二頭筋に届けられます。そしてこの指令は電気信号により行われます。

 

 運動野から「肘を曲げろ」という電気信号が発せられると、電気信号は脊髄を通り、上腕二頭筋を収縮させ、肘を曲げるのです。これを証明したのが磁気刺激を用いた実験です。

 

 磁気刺激を脳の運動野に行うことによって、人為的に運動野の神経細胞を興奮させ、電気信号を発することができます。この電気信号は脊髄を通じて筋肉を収縮させます。この筋肉の収縮を筋電図を使用して波形として記録します(記録された波形は運動誘発電位と呼ばれています)。

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 僕もこの実験の被験者になった経験がありますが、とても不思議な感覚になります。自分で意識していないにもかかわらず、磁気刺激によって勝手に指や腕が動いてしまうのです。

 

 磁気刺激によって何がわかるのかというと、脳の運動野や脊髄の神経細胞の感度(興奮のしやすさ)です。

 

 例えば、安静にしているときに磁気刺激を行い、収縮させた筋肉の筋電図を記録します。次に意識的に軽く筋肉を収縮させた状態で同じ強度の磁気刺激を行ってみると、安静のときと比べて筋電図の波形が大きくなります。これは、事前に運動野から筋肉を軽く収縮させる電気信号が流れていたため、運動野や脊髄の感度が高くなっていたことを示しています。

 

 では、実際にトレーニングによって脳や脊髄の神経の感度は変化するのでしょうか?

 

 ディーキン大学のWeierらは、トレーニング初心者を対象として、スクワットトレーニングを行うグループとトレーニングを行わないグループに分けました。トレーニングは4週間行われ、トレーニング前後の大腿四頭筋の最大筋力と磁気刺激による神経の感度が測定されました。

 

 その結果、トレーニングを行ったグループの最大筋力はトレーニングを行っていないグループよりも有意に増加しました。また、神経の感度も同様に増加を示しました(Weier AT, 2012)。

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Fig.1:Weier AT, 2012より筆者作成

 

 トレーニングによって神経の感度が高まることは他の研究(Leung M, 2015など)によっても示されており、筋力の増強に神経の感度の変化が寄与していることが示唆されています。トレーニング初期の筋力の増強は、神経の感度が変化することによって生み出されている可能性があるのです。

 

 現在では、このようなトレーニングによる神経感度の増加は、脳や脊髄などの神経が高い筋力を発揮するのに適応した結果であると解釈されており、「神経適応」と呼ばれています。トレーニング開始から8週間までの筋肥大をともなわない筋力の増強は、この神経適応によって説明することができるのです。



◆ 神経適応は神経活動の抑制からの開放によって生じる

 

 モナッシュ大学のKidgellらのシステマティックレビューは、このような神経適応の説明に留まりません。次に、神経適応のメカニズムにまでレビューを進め、最後にこのように結論づけています。

 

 「トレーニングは、神経活動を抑制するネットワークを減弱させ、神経適応を生じさせる」

 

 磁気刺激による計測は筋電図の波形の大きさだけではありません。サイレントピリオド(silent period)を計測することができます。意識的に筋肉を収縮させているときに、運動野へ磁気刺激を行うと、その刺激が筋電図の波形として表出されます。その後、波形は一時的にフラットになり、沈黙の時間が生じます。そして再び、意識的な筋の収縮による波形が出現します。この沈黙の時間をサイレントピリオドといいます。このサイレントピリオドは、脳や脊髄の神経活動への抑制効果を示します。

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Fig.2:Kidgell DJ, 2010より筆者作成

 

 では、トレーニングはこのサイレントピリオドを変化させるのでしょうか?

 

 前述したディーキン大学のWeierらは、4週間のスクワットトレーニングがサイレントピリオドに与える影響についても検証しています。

 

 その結果、トレーニングを行ったグループのサイレントピリオドは、トレーニング前後で有意に短縮していることが示されました。この結果はKidgellらも同様の報告をしています。

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Fig.3:Kidgell DJ, 2010より筆者作成

 

 サイレントピリオドの短縮は、運動野と脊髄の抑制ネットワークの減弱を意味しており、その結果として神経感度の増加(神経適応)が生じたと示唆されています。

 

 Kidgellらは、これらの結果から、トレーニングにより筋肥大が生じなくても筋力が増強するメカニズムは神経適応によるものであり、神経適応は運動野と脊髄の神経活動への抑制作用が減弱したことによって生じると結論づけているのです。

 

 また、レビューの考察では興味深い推察が論じられています。トレーニングによる神経適応は新しい運動を学習する際の脳の活動と同様であるとKidgellらは考えています。そうであれば、トレーニングによる神経適応には、運動学習理論を応用することができるだろうと述べています(Kidgell DJ, 2017)。

 

 例えば、運動学習には課題設定の理論があります。これは、新しい運動を学習する際は、段階的に難易度を上げていくのが高い学習効果を生むというものです。これをトレーニングに応用すると、過度な高負荷で無理に行うのではなく、低負荷から段階的に負荷を上げたほうが神経適応は進むかもしれません。このような神経適応を効果的に促進するアプローチも今後の研究によって明らかになるでしょう。

 

 

 Kidgellらのレビューはとても興味深い示唆を与えてくれます。トレーニングによる神経適応は、電気信号を送る神経細胞の活動を単純に増加するのではなく、周りにいる抑制作用をもつ神経細胞の活動が弱まることにより増加するのです。そう考えると、僕たちの脳の神経細胞には、潜在的に筋力を発揮する能力が備わっているのかもしれません。

 

 そしてその能力は、筋トレによって解放されるのです。 

 

 

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◆ 参考論文

Fukunaga T, et al. Muscle volume is a major determinant of joint torque in humans. Acta Physiol Scand. 2001 Aug;172(4):249-55.

Carroll TJ, et al. The sites of neural adaptation induced by resistance training in humans. J Physiol. 2002 Oct 15;544(Pt 2):641-52.

Kidgell DJ, et al. Corticospinal responses following strength training: a systematic review and meta-analysis. Eur J Neurosci. 2017 Sep 18.

Weier AT, et al. Strength training reduces intracortical inhibition. Acta Physiol (Oxf). 2012 Oct;206(2):109-19.

Leung M, et al. Motor cortex excitability is not differentially modulated following skill and strength training. Neuroscience. 2015 Oct 1;305:99-108.

Kidgell DJ, et al. Corticospinal properties following short-term strength training of an intrinsic hand muscle. Hum Mov Sci. 2010 Oct;29(5):631-41.