筋力をアップさせるために、やみくもに高強度トレーニングをしている運動選手やトレーニーがいます。しかし、これでは効率的に筋力をアップすることは難しいでしょう。
そこで知りたいのが、確実に筋力をアップさせる「最小のトレーニング量」の科学的根拠(エビデンス)です。 最小のトレーニング量がわかれば、最低限やるべきトレーニング量の目星がつき、体調や時間に応じてその日のトレーニングを計画することができます。
そして、このエビデンスが最近になって示されました。
2020年、ソレント大学のPatroklosらは最新のメタアナリシスによって、筋力をアップさせるための最小のトレーニング量を明らかにしたのです。
*メタアナリシスとは、これまでの研究結果を統計的手法により全体としてどのような傾向があるかを解析するエビデンスレベルがもっとも高い研究デザイン
今回は、このメタアナリシスの結果をご紹介します。効率的に筋力をアップさせたい運動選手やトレーニーは知っておくと良いと思います。
◆ 筋力増強させるには神経活動を考慮すべき理由
筋肉量が多ければ筋力も高いかというと、そうとも限りません。
筋肉の総量をしめす筋体積と筋力との関係を検証した研究では、ある程度の正の相関を認めましたが、完全な関係性までは認められませんでした。なぜ、筋肉量では筋力を説明できないのかというと、そこには筋力に関わるもうひとつの重要な要素、「神経活動」があるからです。
神経活動が筋力に影響していることを示す簡単な方法があります。
例えば、右脚のトレーニングを行うだけで、左脚の筋力も10%増加することがメタアナリシスで確認されています。これは、クロスエデュケーションといい、右脚のトレーニングによって神経活動が高まり、その神経活動が左脚にも影響することによって筋力を増加させます。
また、イメージトレーニングをするだけで、筋力が10%増加することも示唆されています。これもイメージトレーニングによって神経活動が高まることに起因しています。
『筋力を簡単にアップさせる方法~筋力と神経の関係を知っておこう』
このように、神経活動は筋力に大きく関わっており、筋トレによって筋力増強の効果を最大化させるためには、神経活動を高めるようにトレーニング方法を構築する必要があるのです。
そこで重要になるのが「高強度トレーニング」です。
では、筋力をアップさせる神経活動のメカニズムを見てみましょう。ここでポイントになるのが「運動単位(モーターユニット)」です。
ひとつの運動神経がつながっている筋線維の集まりをユニットと考え、これを運動単位といいます。
運動単位には大小があり、強い力を発揮するためには大きな運動単位が動員されます。大きな運動単位を動員するためには、運動神経の発火頻度を増加させる必要があります(これをレートコーディングといいます)。さらに、ひとつの筋肉には大きな運動単位がいくつもありますが、これらがバラバラのタイミングで収縮していては大きな力は発揮できません。大きな力を発揮するためにはそれぞれの運動単位の活動を同期させることが重要になります。
高強度トレーニングは、大きな運動単位の動員や同期、レートコーディングといった神経活動の活性化を促進することができるのです。
これが、筋力増強には高強度トレーニングが必須である理由です。
『筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス』
そして、高強度トレーニングによって活性化された神経活動を適応させる(慣れさせる)ためのトレーニングの方法論をデザインする必要があるのです。
では、筋力増強効果を得るための最小のトレーニング強度や回数、セット数、週の頻度はどの程度が最適なのでしょうか?
◆ 筋力アップさせる最小のトレーニング量とは?
ソレント大学のPatroklosらは、2629件の研究から選択基準に適合した6件の研究をもとに、筋力増強に必要な最小のトレーニング量についてのメタアナリシスを行いました。
選択基準は、少なくとも1年間のトレーニング経験者を対象としており、トレーニング期間は4週間以上とし、トレーニングの種目はスクワット、ベンチプレス、デッドリフトを対象にしています。
それでは結果を見ていきましょう。
まずは、トレーニング強度ですが、最大筋力(1RM:1回持ち上げられる最大の重量)の90%の強度では確実に筋力増強の効果を得られましたが、最低値として示された「1RMの70〜85%の強度」でも筋力増強の効果が得られることがわかりました。しかしながら、トレーニング強度が高いほうが短期間で筋力増強の効果が得られることも示されています。
つぎに、回数(レップ数)とセット数ですが、これは週の頻度が前提として算出されています。週の頻度が2〜3回のとき、回数は6〜12回、セット数は1セットで良いことがわかりました。これらの指標をもとに疲労困憊まで追い込み、これを8〜12週間、継続すると筋力増強の効果が得られることが示されています。
これらの最小のトレーニング量により、スクワットでは17.48 kg、ベンチプレスでは8.25 kgの最大筋力の増加が認められました。しかしながら、デッドリフトは有効な効果量が得られていません。
Fig.1:Patroklos AK, 2020より筆者作成
これらの結果は、スクワット、ベンチプレスの最大筋力の増強を最小のトレーニング量で達成できることを示唆しています。
スクワットとベンチプレスにおいて、最小のトレーニング量で筋力増強の効果を得たいときには、週2〜3回のトレーニング頻度で、最大筋力の70〜80%の重量を使用して、6〜12回を1セット、疲労困憊になるようにプランを立てます。
筋力増強の効果 = 最小のトレーニング量:1RM70〜80% × 6〜12回 × 1セット × 週2〜3回
例えば、1RM70%の中等度の強度であれば、疲労困憊まで追い込むためには回数が10〜12回と多くなります。逆に1RM80%の高強度であれは回数が6〜8回と少なくなります。これを1セットだけ行えばよいのです。
このメタアナリシスの制限としては、対象がトレーニング経験者に限られ、トレーニング未経験者には適応されないこと、サンプル数が少ないこと、被験者に女性が含まれていないこと、デッドリフトの検証ができなかったことが挙げられており、今後のさらなる検証が期待されています。
トレーニング時間があまりとれなかったり、筋肥大にトレーニングの時間を使いたいときなどには、確実に筋力増強の効果が得られる最小のトレーニング量を参考に、トレーニング方法をデザインしてみると良いでしょう。
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シリーズ㉚:筋トレが睡眠の質を高める〜世界初のエビデンスが明らかに
シリーズ㉛:筋肉の大きさから筋トレをデザインしよう
シリーズ㉜:HMBが筋トレの効果を高める理由~国際スポーツ栄養学会のガイドラインから最新のエビデンスまで
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シリーズ㊲:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜現代の科学が示すひとつの答え
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シリーズ㊵:筋トレが続かない理由〜ハーバード大学が明らかにした答えとは?
シリーズ㊶:筋トレと遺伝の本当の真実〜筋トレの効果は遺伝で決まる?
シリーズ㊷:エビデンスにもとづく筋肥大を最大化するための筋トレ・ガイドライン
シリーズ㊸:筋トレしてすぐの筋肥大は浮腫(むくみ)であるという残念な真実
シリーズ㊹:時間がないときにやるべき筋トレメニューとは〜その科学的根拠があきらかに
シリーズ㊺:筋トレの効果を最大にする新しいトレーニングプログラムの考え方を知っておこう
シリーズ㊻:筋トレは心臓も強くする〜最新のエビデンスが明らかに
シリーズ㊼:プロテインは骨をもろくする?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ㊽:コーヒーが筋トレのパフォーマンスを高める〜その科学的根拠を知っておこう
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シリーズ51:筋トレ後のアルコール摂取が筋力の回復を妨げる?〜最新の研究結果を知っておこう
シリーズ52:筋トレ後のタンパク質の摂取は「24時間」を意識するべき理由
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シリーズ54:ケガなどで筋トレできないときほどタンパク質を摂取するべきか?
シリーズ55:筋トレは脳卒中の発症リスクを高めるのか?〜筋トレによるリスクを知っておこう
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シリーズ59:筋トレの効果を最大にする食品やプロテインの選ぶポイントを知っておこう
シリーズ60:ベンチプレスをするなら大胸筋損傷について知っておこう
シリーズ61:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう(2018年4月版)
シリーズ62:筋トレ後のタンパク質摂取に炭水化物(糖質)は必要ない?
シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
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シリーズ68:筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っていこう
シリーズ69:筋トレで疲労困憊まで追い込んではいけない理由(筋力増強編)
シリーズ70:筋トレで筋肥大の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ71:筋トレで筋力増強の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ72:ネガティブトレーニングは筋肥大に効果的なのか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
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◆ 読んでおきたいnote
シリーズ1:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう!【2019年最新版】
シリーズ2:筋トレ後の筋肉痛にフォームローラーは効果があるのか?【最新エビデンス】
シリーズ3:筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンスまとめ【2019年度版】
シリーズ4:筋トレとジョギングをすると「筋トレの効果が減少する」〜そのエビデンスと予防法を知っておこう!
シリーズ5:筋トレするなら知っておきたい「タンパク質の摂取と糖尿病のリスク」〜最新エビデンスと予防戦略
シリーズ6:筋トレの前にストレッチングをしてはいけない理由とその対応策【2019最新版】
シリーズ7:筋トレするとモテる理由〜女性が好きな筋肉ランキングを知っておこう!
◆ 参考文献
Patroklos Androulakis-Korakakis, et al. The Minimum Effective Training Dose Required to Increase 1RM Strength in Resistance-Trained Men: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sports Med . 2020 Apr;50(4):751-765.