「いつも頭の中で4回転を跳ぶイメージを繰り返している」
平昌オリンピックで2大会連続の金メダルを獲得した羽生選手はインタビューでこう述べています。
イメージトレーニングが運動の正確性やパフォーマンスを向上させるというエビデンスは数多く報告されており、その神経学的メカニズムも解明されつつあります。運動をイメージすると、運動を行ったときと同じ脳の領域の神経が活性化され、実際の運動時のパフォーマンスが向上することが示唆されています(Grosprêtre S, 2017)。
では、筋トレにおいてもイメージトレーニングは有効なのでしょうか?
現代の脳科学やスポーツ医学はこのように答えています。
「イメージトレーニングは筋トレの効果を高める」
今回は、筋トレとイメージトレーニングについて考察していきましょう。
Table of contents
◆ イメージトレーニングが筋力を増強させる科学的根拠
「大腿四頭筋が収縮する感覚をイメージして下さい」
1991年、アメリカ・ルイジアナ州立大学医学センターに集められた被験者は30分間のイメージトレーニングを行うように指示されました。
4日間のイメージトレーニンを終えると、被験者の大腿四頭筋の筋力(膝関節伸展の等尺性筋力)が計測されました。その結果、イメージトレーニングをしていない被験者と比べて、イメージトレーニングを行った被験者は、12.6%の筋力の増強を示したのです(Cornwall MW, 1991)。
Fig.1:Cornwall MW, 1991より筆者作成
この報告を皮切りに、その後もイメージトレーニングが筋力を高めるという研究結果が報告され(Zijdewind I, 2003)、30分程度のイメージトレーニングが筋力を増強させるエビデンスが構築されていきました。
しかし、30分もの時間をかけてイメージトレーニングをするのはなかなか難しいものです。できれば、トレーニングのセット間の休憩時間のような短い時間でもイメージトレーニングの効果があれば実用的になります。このように考えたのがディ・リエンゾーという研究者です。
フランス・リヨン大学のリエンゾーらは、スポーツ選手を被験者として、トレーニングのセット間の休憩時間に行うイメージトレーニングの効果を検証しました。
被験者はイメージトレーニングを行うグループと行わないグループに分けられました。トレーニングは肘を90度に曲げたところで固定し、12秒間、思いっきり肘を曲げるように力を入れる等尺性トレーニングが行われました。このときに肘の曲げる力(等尺性筋力)が同時に計測されています。その後、48秒間の休憩時間が与えられ、これを10回繰り返しました。
イメージトレーニングは休憩時間の48秒の間に行われています。被験者は上腕二頭筋や三角筋(前部線維)を収縮させるようにイメージしました。このイメージトレーニングを実際の運動と同じ12秒間で行い、3秒の休憩を挟んで3回繰り返されました。
Fig.2:Di Rienzo F, 2015より筆者作成
その結果、10回のセッションの全てでイメージトレーニングを行ったグループの筋力が増加しました。また、トレーニング後のインタビューでは、セット間にイメージトレーニングを行うことによって高いモチベーションが維持でき、効果的に感じられたという声が聞かれました。
Fig.3:Di Rienzo F, 2015より筆者作成
リエンゾーらの報告は、セット間の休憩時間という短いイメージトレーニングでも筋力を増強させる可能性を示唆したのです。
しかし、これらの研究は実際の筋トレとは異なり、肘や膝関節といった単関節トレーニングが中心で、筋力測定も関節を動かさない等尺性筋力によって計測されています。
では、実際の筋トレの場面においてもイメージトレーニングは効果的なのでしょうか?
◆ イメージトレーニングが筋トレの効果を高める科学的根拠
イメージトレーニングが肘や膝関節などの単関節トレーニング時の等尺性筋力を増強させることはわかりました。しかし、実際の筋トレで多く行われるのはベンチプレスやスクワットなどの多関節トレーニングです。
フランス・リヨン大学のルボンらは、イメージトレーニングが多関節トレーニングに与える影響について検証しています。野球やサッカーなどのスポーツ選手が被験者として集められ、イメージトレーニングを行うグループと行わないグループに分けられました。
被験者はベンチプレスとレッグプレスを最大筋力の70〜90%の重量で行い、重量に合わせて回数とセット数を変更しました。セット間の休憩時間は3〜5分に設定されています。
イメージトレーニングを行うグループにはこのような指示が出されました。
「休憩時間になったら目を閉じましょう。頭にカメラがあるように、トレーニングの一連の流れをイメージします。そしてトレーニング中の筋肉の収縮を感じて下さい」
被験者は、このトレーニングを週3回、4週間にわたって行い、その前後で最大筋力と運動回数が計測されました。
その結果、筋力、運動回数ともにベンチプレスでは有意な差は認められませんでしたが、レッグプレスでは有意な増加が示さました。
Fig.4:Lebon F, 2010より筆者作成
この結果から、ルボンらはイメージトレーニングは多関節トレーニングにも有効であることを示唆しています。また、ベンチプレスよりもレッグプレスでその有効性が示された理由ついては、イメージトレーニングによる「モチベーションの向上」を挙げています。
イメージトレーニングにはネガティブな感情を抑え、モチベーションや集中力を高める効用が報告されています(Murphy S, 2008)。ルベンらはトレーニング後のアンケート調査で、ベンチプレスよりもレッグプレスのほうが不快感が強かったことから、イメージトレーニングがレッグプレス時の不快感を軽減し、パフォーマンスの向上に寄与したと推測しています(Lebon F, 2010)。
その後もチュニジア・カルタージュ大学のスリマニらによって、ベンチプレスやスクワットの多関節トレーニングに対するイメージトレーニングの有効性を検証されています。その結果はルベンらの報告を肯定するものであり、イメージトレーニングによってベンチプレスやスクワットなどの多関節トレーニングの効果が高まることが示唆されているのです(Slimani M, 2017)。
では、なぜイメージトレーニングにはこのような筋力を増強する効果があるのでしょうか?
これは筋力が神経系の影響を受けていることに起因しています。
右足のレッグエクステンションを行うと、左足の筋力も増強されます。これは運動の両側性転移(bilateral transfer)といわれる現象であり、右足の筋力トレーニングによって神経が活性化されると、その影響が左足にも転移し、左足の筋力を増強させるのです(Kannus P, 1992)。
イメージトレーニングもこれと同じように、神経の活性化を生じさせます。具体的には、脳の大脳皮質にある運動野やその周囲の関連領域の神経を興奮させ、脊髄の神経も活性化させることが神経生理学の研究によって明らかにされています(Grosprêtre S, 2017)。この作用によって、実際の筋トレ時に筋力が発揮しやすくなり、筋力が増強するのです。
このようにイメージトレーニングによる筋トレへの有効性は示されていますが、システマティックレビューなどのエビデンスレベルの高い報告はされていません。しかしながらイメージトレーニングが筋力に与える効果や、神経学、心理学的なメカニズムのエビデンスは構築されています。筋トレのセット間の休憩時間にイメージトレーニングを取り入れてみる価値はありそうです。
トレーニング前やセット間の休憩時間になったら目を閉じましょう。
ポイントは頭にカメラがあるような1人称の視点でイメージすることです。ビデオカメラを通して自分を見るような3人称の視点では効果が弱まります(Yao WX, 2013)。
バーベルを手にして、その重さを感じます。
実際のトレーニングと同じスピードで、同じ回数を動かしていきます。
そして、その際の躍動的な「筋肉の収縮」を感じるのです。
そっと目を開けると、あなたの集中力は高まり、神経系はさらに活性化されているでしょう。
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◆ 読んでおきたい記事
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シリーズ②:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう
シリーズ③:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取タイミングを知っておこう
シリーズ④:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう
シリーズ⑤:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取を知っておこう
シリーズ⑥:筋トレの効果を最大にする就寝前のプロテイン摂取の方法論
シリーズ⑦:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)について知っておこう
シリーズ⑧:筋トレの効果を最大にする運動強度(負荷)の実践論
シリーズ⑨:筋トレの効果を最大にするセット数について知っておこう
シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
シリーズ⑫:筋トレの効果を最大にするタンパク質の品質について知っておこう
シリーズ⑬:筋トレの効果を最大にするロイシンについて知っておこう
シリーズ⑭:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ
シリーズ⑮:筋トレの効果を最大にするベータアラニンについて知っておこう
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シリーズ⑲:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取量を知っておこう(2017年7月版)
シリーズ⑳:長生きの秘訣は筋トレにある
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シリーズ57:筋トレ後にプロテインを飲んですぐに仰向けに寝てはいけない理由
シリーズ58:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか問題
シリーズ59:筋トレの効果を最大にする食品やプロテインの選ぶポイントを知っておこう
シリーズ60:ベンチプレスをするなら大胸筋損傷について知っておこう
シリーズ61:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう(2018年4月版)
シリーズ62:筋トレ後のタンパク質摂取に炭水化物(糖質)は必要ない?
シリーズ63:ホエイ・プロテインと筋トレ、ダイエット、健康についての最新のエビデンスまとめ
シリーズ64:筋トレの効果を最大にする「牛乳」の選び方を知っておこう
シリーズ65:そもそもプロテインの摂取は筋トレの効果を高めるのか?
シリーズ66:筋力を簡単にアップさせる方法~筋力と神経の関係を知っておこう
シリーズ67:筋力増強と筋肥大の効果を最大にするトレーニング強度の最新エビデンス
シリーズ68:筋トレは疲労困憊まで追い込むべきか?〜最新のエビデンスを知っていこう
シリーズ69:筋トレで疲労困憊まで追い込んではいけない理由(筋力増強編)
シリーズ70:筋トレで筋肥大の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ71:筋トレで筋力増強の効果を最大にする「運動のスピード」を知っておこう
シリーズ72:ネガティブトレーニングは筋肥大に効果的なのか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ73:筋トレを続ける技術〜お金をもらえれば筋トレは継続できる?
シリーズ74:プロテインは腎臓にダメージを与える?〜ハーバード大学の見解と最新エビデンス
シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
シリーズ77:筋トレとHMBの最新エビデンス(2018年8月版)
シリーズ78:筋トレによる筋肉痛にもっとも効果的なアフターケアの最新エビデンス
シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
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シリーズ81:筋トレ後のクールダウンに効果なし?〜最新のレビュー結果を知っておこう
シリーズ82:筋トレの総負荷量と疲労の関係からトレーニングをデザインしよう
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シリーズ85:筋トレのパフォーマンスを最大にするカフェインの最新エビデンス
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◆ 参考論文
Grosprêtre S, et al. Neural mechanisms of strength increase after one-week motor imagery training. Eur J Sport Sci. 2017 Dec 17:1-10.
Cornwall MW, et al. Effect of mental practice on isometric muscular strength. J Orthop Sports Phys Ther. 1991;13(5):231-4.
Zijdewind I, et al. Effects of imagery motor training on torque production of ankle plantar flexor muscles. Muscle Nerve. 2003 Aug;28(2):168-73.
Di Rienzo F, et al. Short-term effects of integrated motor imagery practice on muscle activation and force performance. Neuroscience. 2015 Oct 1;305:146-56.
Murphy, S, Nordin, SM, and Cumming, J. Advances in Sport Exercise Psychology (3rd ed.). Champaign, IL: Human Kinetics; 2008.
Lebon F, et al. Benefits of motor imagery training on muscle strength. J Strength Cond Res. 2010 Jun;24(6):1680-7.
Slimani M, et al. Effects of mental training on muscular force, hormonal and physiological changes in kickboxers. J Sports Med Phys Fitness. 2017 Jul-Aug;57(7-8):1069-1079.
Kannus P, et al. Effect of one-legged exercise on the strength, power and endurance of the contralateral leg. A randomized, controlled study using isometric and concentric isokinetic training. Eur J Appl Physiol Occup Physiol. 1992;64(2):117-26.
Yao WX, et al. Kinesthetic imagery training of forceful muscle contractions increases brain signal and muscle strength. Front Hum Neurosci. 2013 Sep 26;7:561.