なぜ筋トレが続かないのでしょうか?
この問いに進化生物学者のDaniell Liebermanはひとつの答えを提示しています。
「そもそもヒトは筋トレをするようにデザインされていない」
200万年という長い石器時代に、ヒトは獲物を狩るために長い距離を走り、正確にものを投げれるように身体を進化させ、獣から身を守るために恐怖や不安といったネガティブな感情もつように適応させてきました(楽観的では獣に襲われる)。現在の身体や感情があるのには、生き延びるために進化の過程で選択された合理的な理由があるのです。
そして、筋トレを続けられずに、テレビの前でゴロゴロしてしまうことにも進化論的合理性があるとLiebermanはいいます。
食べ物が少ない時代では、限られたエネルギーを狩猟や性交、獣からの逃避に費やすことが優先されてきました。余暇の時間に筋トレをしてエネルギーを無駄遣いしていては、狩猟などの機会を逃してしまい生き残れなかったのです。余暇にゴロゴロして、エネルギーを節約していたものが進化の過程で選択され、生き延びてきました。その生き残りが現代の僕たち(私たち)なのです。
『筋トレが続かない理由〜ハーバード大学が明らかにした答えとは』
そのため、僕たちが筋トレを行おうとすると、石器時代に適応したままの心はこう囁きます。
「ゴロゴロしてゆっくり休みなさい」
では、どうしたら筋トレを続けることができるのでしょうか?Liebermanはこう答えます。
「心が変えられないのであれば、環境を変えるべきだ」
今回は、社会心理学の研究から筋トレを続けるためのヒントになる知見をご紹介しましょう。
Table of contents
◆ 簡単にダイエットを邪魔する方法
簡単にダイエットを邪魔する方法があります。
あなたがダイエットをしている友人とスイーツを食べに出かけたとき、友人は必ず量が少なくて、カロリーの低いものを選ぶでしょう。ここで無意識にカロリーなんて気にせずにガッツリと食べさせる方法があります。
お店の近くにきたら、友人にこういいます。
「ちょっと心理学の実験をしてみない?」
「片足立ちしながら計算してみて」
2013年、カーティン大学のHaggerらは、BMIが25以上ある肥満傾向で、ダイエット志向の強い学生を集めて、スイーツの味覚調査という名目である検証を行いました。
集められた学生は、スイーツ調査の前に認知能力を検査するという理由で「計算課題」を行うように求められました。学生は2つのグループに分けられ、ひとつのグループは1000から7を引いていく計算課題を「片足立ち」で行いました。もうひとつのグループは1000から5を引いていく課題を「両足立ち」で行いました。
これらの課題を終えた学生は、ようやくクッキーやチョコのスイーツを食べる調査に参加できました。この味覚調査では、スイーツを食べる量も時間の制限もないため、学生は好きなだけ食べることができました。
調査を終えて、両グループのスイーツを食べた量を比べてみると、そこには明らかな差がありました。
学生達はみな肥満傾向であり、日頃からダイエット志向があるため、スイーツを大量に食べることはないだろうと予想されました。しかし、片足立ちで計算課題を行ったグループは、両足立ちで計算課題を行ったグループよりも多くのスイーツを食べたのです。
Fig.1:Hagger MS, 2013より筆者作成
片足立ちをしながらの計算課題は、とても精神力を消耗させる心理学でも代表的な課題です(Webb TL, 2003)。学生達は肥満傾向であり、ダイエットすることを強く望んでいました。しかし、片足立ちをしながら計算課題を行ったことによって精神的に消耗し、その後のスイーツの誘惑に負けてしまったとHaggerらは考察しています。
Haggerらの報告は、2000年に報告されたVohsらの研究結果を支持するものであり、精神力の消耗がダイエットの邪魔をすることが示されています(Vohs KD, 2000)。
お店の近くで片足立ちの計算課題をさせられた友人が、その後にスイーツをガッツリ食べてしまう理由がここにあるのです。
それでは、なぜ、このような現象が起きるのでしょうか?
◆ 社会心理学が示す筋トレを続けるためのヒント
クイーンズランド大学のBaumeisterは、精神的な消耗がダイエットの邪魔をする理由を「意志力を使いきったため」といいます。
Baumeisterは、意志力はいわば筋力のようなものであるといい「意志力の筋力モデル(Strength model of self control)」を提唱しています。筋トレで回数を増やしていくと、いずれバーベルを持ち上げられなくなるのと同じように、意志力も負荷をかけ続けると消耗してしまい、少しの誘惑にも抗うことができなくなってしまうのです(Baumeister R, 2007)。
つまり、意志力は無限にあるわけでなく、限りあるリソース(資源)なのです。意志力が底をついてしまうことを社会心理学では「自我消耗(ego-depletion)」といいます。
お店の前で片足立ちの計算課題をした友人は、継続的に意志力を使わされ、自我消耗になったため、スイーツの甘い誘惑を回避することができなかったのです。
では、どのような状況が意志力に負荷をかけ、自我消耗の状態をつくり出すのでしょうか?
食事を抜くように指示された学生をふたつのグループに分けられました。ひとつは美味しそうなクッキーを食べるグループ、もうひとつはお世辞にも美味しいとはいえないラディッシュ(甘口大根)を食べるグループです。クッキーやラディッシュはテーブルの上に無造作に置かれており、学生は指定されたものを一定時間、食べ続けるように指示されました。
その後、学生たちは別の部屋で認知課題と称された「解くことのできないパズル課題」に挑戦させられます。研究者は学生たちに知られないように、パズルを解くのをやめてしまうまでの時間を計測しました。
その結果、クッキーを食べたグループは平均20分間もパズルに取り組みましたが、ラディッシュを食べたグループは平均8分間でパズルを解くのをやめてしまったのです。
このような差は、クッキーを食べたいという気持ちを我慢することが意志力を使い、自我消耗の状態を引き起こしたことを示しています。
次に、学生はふたつのグループに分けられ、ひとつのグループはウミガメが死んでしまうような感傷的な映像を見せられました。また、そこで涙を流したり感情的にならないように指示されました。もうひとつのグループは通常の映像を見せられました。
映像を見終わった学生は、次にストループ課題に取り組みました。ストループ課題とは、モニター上に次々と文字が現れ、その文字の色を答える課題です。しかし、ときどき、赤字で「緑」という文字が現れるため、間違わないように継続的な集中力が必要になります。
ストループ課題を行った結果、感傷的な映像を見たグループのエラー率が普通の映像を見たグループよりも有意に高いことが示されました。この結果から、自我消耗は感情を我慢することによっても引き起こされることが示されたのです。
また、長期的な意志力の使用が自我消耗を引き起こすことも明らかになっています。
試験前になると勉強をしなければならないのに、ついついSNSやネットゲームに時間を費やしたりしてしまうことがあります。
被験者の学生たちに認知課題などで自我消耗を引き起こしたあとに、さらに認知課題を行わせます。そこでひつのグループには「この後にも認知課題があるからね」と伝えます。すると、そのグループの認知課題の結果は有意に低下することがわかりました。
これは、ヒトは長期的に意志力を使用しなければならないことがわかると意志力が低下することを示しています。今後も試験があるという状況が継続的に意志力を使用させ、自我消耗を作り出し、SNSやゲームなどの誘惑に負けてしまう状況をつくり出すのです。
このような意志力と自我消耗についての実験は数多くされており、2010年に報告されたメタアナリシスによって意志力の使用が自我消耗を引き起こすとが明らかになっています(Hagger MS, 2010)。
そして、これらの社会心理学の知見は、筋トレを続けるためのヒントを示してくます。
仕事を終えて家に帰り、ジムに向かおうとするとき、僕たちの心は「エネルギーを無駄遣いしないようにゴロゴロして良いんだよ」と誘惑してきます。誘惑に抗してジムに向かうためには意志力を使わなければなりません。しかし、その時点で自我消耗していては、誘惑に勝つことはできないでしょう。
では、どうしたら良いでしょうか?
意志力は、ストレスといった精神的負荷や感情を我慢することによって消耗します。また、長期的に課題があるだけでも低下してしまいます。
ここからわかることは、筋トレの前に意志力をできるだけ消耗させないようにマネジメントすることです。
たとえば、多忙な仕事のあとでは意志力はほとんど残っていません。そうであれば、仕事のない休みの日や、仕事で意志力をあまり使わない日(嫌な取引相手との商談のない日など)に筋トレを行ったほうが継続しやすくなるでしょう。
また、筋トレだけでなくダイエットも頑張るという別の長期的な目標はさらに意志力を低下させる可能性があります。まずは目標をひとつに絞り、その他の長期的な目標による意志力の使用を避けたほうが良いでしょう。まずは筋トレに集中するのです。
筋トレを続けることによって身体が大きくなったり、重量を挙げれるようになると、これが報酬になり筋トレが継続しやすくなります。報酬があると意志力を使わなくても済むからです。そのため、それまでは仕事やスケジュールなどを調整して、意志力を消耗させないようにマネジメントすることが筋トレの継続につながるのです。
だれしも意志力が強いわけではありません。
大事なことは意志力を強くすることではなく、限りある意志力を「上手にマネジメント」することなのです。
これが社会心理学が示す筋トレを継続させるヒントです。
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シリーズ75:筋トレによる筋肥大の効果は強度、回数、セット数を合わせた総負荷量によって決まる
シリーズ76:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取方法まとめ(2018年8月版)
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シリーズ79:筋肥大のメカニズムから筋トレをデザインしよう
シリーズ80:筋トレの効果を最大にする週の頻度(週に何回?)の最新エビデンス
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シリーズ93:筋トレを続ける技術〜マシュマロ・テストを攻略しよう
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シリーズ103:筋トレは朝やるべきか、夕方やるべきか?〜最新エビデンスを知っておこう
シリーズ104:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!【最新エビデンス】
◆ 参考論文
Hagger MS, et al. Chronic inhibition, self-control and eating behavior: test of a 'resource depletion' model. PLoS One. 2013 Oct 17;8(10):e76888.
Webb TL, et al. Can implementation intentions help to overcome ego-depletion? J Exp Soc Psychol. 2003 39: 279–286.
Vohs KD, et al. Self-regulatory failure: a resource-depletion approach. Psychol Sci. 2000 May;11(3):249-54.
Baumeister R, et al. The strength model of self-control. Current Directions in Psychological Science. 200716, 351–355.
Hagger MS, et al. Ego depletion and the strength model of self-control: a meta-analysis. Psychol Bull. 2010 Jul;136(4):495-525.